『彼』はいつもその曲を吹いていた。

少し物悲しいその曲は、『彼』の瞳のそのもの。



毎日目覚めるとその曲が聞こえてくる。

私はいつもそれで目を覚ましていた。

目を覚まして『彼』のもとへいくと、いつも優しく微笑んでくれた。



あの別れの夜も、『彼』はその曲を吹いていた。







帝国首都から離れた郊外、そこにその花園はあった。

お世辞にもきれいとは言いがたい。しかしそこにある草花たちはどこか誇りを持って咲いているようにも見える。

「手入れは、されていないのかしら。」

「それはわからないが、ここの王子がたまに訪れているらしいからな。

誰かが手入れしているのかもしれない。」

もし手入れしているのだとしても、やはりお世辞にもきれいとは言いがたいが。



道なき道というわけでもなく、石畳が見えるように整備はされていた。アーチは細かい装飾がされていたようだが、今は鍍金がはがれ、少々みすぼらしくなっている。

「――――ピアノの音?」

花の香りと共に風に乗って聞こえてくるそれは、どこか物悲しい。そしてこの聞き覚えのあるメロディー。

「…琥珀の愛」

ふと、横にいたレオンハルトがつぶやいた。



石畳の道を行き、一番奥、そこは秘密の花園にふさわしく、一番花が咲き誇っている場所だった。色とりどりの花は、自分たちの主人の邪魔にならぬようにそっと、しかし懸命に咲いていた。その中心にいる、青年を見て、一瞬めまいを覚える。

「アンタ…。」

「おや、エステル君。しばらく見ない間に女の子らしくなったねぇ。」

その口調からは旧友にあえた嬉しさと、どこかからかいのこめられたものがある。

最後の一節をひき終わり、この花園の主役は優雅にやってきた。

「僕の招待状、どうだった?」

「ど う だ っ た ?じゃないわよっ!こっちはシェラ姉にネチネチ言われて大変だったんだから!」

それは大変だったねぇ、と全く大変そうじゃない返事をする青年に、深いため息をついてしまう。しばらく前に吟遊詩人としてリベール国内を回っていたころと何一つ変わっていないことに喜ぶべきなのか悲しむべきなのか。変わったところといえば、服装(豪華になっている)、そして…

「って服装以外変わってないじゃなーい!!!」

「エステル君、人間そんなにすぐに変わらないと思うんだけど。エステル君は服を変えたんだねぇ。うん、似合ってるよ。」

「え?!…うー、あー…ありがと。」

服装で人に褒められるのは慣れていない。すぐに顔に出るエステルは自分の顔に熱があつまるのが分かった。



「それで、依頼についてだったね。」

「あ、そうよそう!オリビエが私に依頼ってまたどうして?」

帝国内の遊撃士に頼めばいいのに、またどうして新人遊撃士のエステルに依頼を?

ずっと疑問だったそれを聞きたかった。

「うーん、どうしてもエステル君に頼みたかったんだよね。」

ただそれだけ。と笑顔で言われても。

「それだけ?」

「うん。」

まぁリベール国内でエステル君に出会ったのも偶然じゃないと僕は思ってるし、なんだかんだで君とあえて楽しかったからねーなどと笑顔で言われても。

(私の実力とか、なんかそういうものじゃなかったのね…)

少しばかりガックリしてしまう。

「でもそういうエステル君も、僕が皇太子だって知って驚かないんだねぇ。」

「…驚いてるわよ。ただ単についていけてないだけ…。」

エステルがリベールを周る旅に出ている間、たびたび遭遇したオリビエという吟遊詩人。シェラザードと行動しているときもまるで自分のことは子どものように扱っていて、嫌いというわけでもなかったけれど、つかみどころのない人物だと思っていた。今更皇太子だなんだといわれてももうビックリするところを逃してしまった気が、する。

「うーん、エステル君、僕はのどが渇いちゃったなあ…。」

「それで?」

「申し訳ないんだけど、お茶をお願いしてもいいかな?」

「……分かったわよ!この奥のとこで入れられるのね?」

何で私が、とかそういう声が聞こえてきたが、その声は風と周りの木々の揺れる音で掻き消えた。
























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彼の登場です。

一気ににぎやかになりますが、意外と彼は動かしにくい。










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