「そんなに急ぐな。また迷子になりたいのか。」
「な り ま せ ん。」
「どこぞの子どもでもあるまいし…」
(むっ…)
しばらく前まで大人のイメージだったレオンハルトだったが、エステルはその評価を下げつつあった。案外この男、ズバズバ物をいうのだ。無口なのかと思っていたが、考えていたよりも遠慮というものがない。しかも的確に言ってくるのでエステルのダメージは半端ではない。さらに彼のその口調からエステル自身も本来の口調に戻り始めていた。
「どこが待ち合わせ場所か見たのか?」
「―――見てない。」
突っつけどんな返しになるが、彼は構わず話を進めていく。
「とにかくその封筒を開けるべきじゃないのか?」
「―――判ってる。」
「じゃあ早く―――」
「今からあーけーまーす!」
そういって近くのベンチに腰を下ろして封筒を開ける。蝋で押印をおしてあるが、思った以上にあっさりと開けることが出来た。
「えーっと…
『親愛なるエステル・ブライトさま
この度は私の依頼をお受けくださり誠にありがとうございます。
お察しの通り、私は太陽の光のように輝かしいあなたと堂々と会うことの許されない身。
ですので、私のお気に入りの場所、秘密の花園でお待ちしております。』
って書いてあるわね…。」
なんだかこの文体から、すごくいやな予感がするのはなぜなのか。文体からして女性という可能性も否定できないのに、文章の特に三行目には何故か悪寒のようなものすら走ってしまった。依頼人に失礼だろう、さすがに。
「秘密の花園…」
「心当たりがあるの?」
「いや、聞いたこともない。」
そうなの?と聞き返してしまったが、本当にその場所は帝国にないらしい。帝国には貴族の娯楽場所としてこうした場所があることはあるのだが、レオンハルトいわく、「そんな花園は聞いたことがない」らしい。
「大抵そうした場所は、王女や王子の名前がつけられるものだ。しかしこれは…」
「名前、じゃないものね。何かなぞなぞなのかしら。」
「…」
人がはるばる帝国まで来たのに、こんな謎を出されても困るのだが…。さらにエステルは自他共に認める謎かけ嫌いであった。
「んもー…。いつもだったら…」
いつもだったらそう、『彼』がそれを解いていてくれたのだ。頭を悩ませる自分を見て困ったように笑いながら、「ほら、わかったよ」と言ってくれていたのに―――
(…それって誰だった?)
ふと沸いて出た疑問に首をかしげる。
「…わかったぞ。」
「そう…ってわかったの?!」
そうってひら、と手紙をエステルに渡し、何事もなかったかのように涼しそうな顔をした。なんだかその態度が…妙に腹立たしい。
「…謎解きでもなかった。普通にある。」
「さっき、ないって言ったじゃない。」
さっき自分で言った言葉を忘れたのかこの男は。特に悪びれるふうでもなく、淡々と話を進めていく。
「『秘密の花園』、というか秘密というのにも理由がある。この花園の名前はつけられなかった。
―――この王子は妾の子だったからだ。
名前はあるが、誰も口に出したりしないし、国民に場所さえ知らされていない。俺もこの遊撃士の仕事で知ったくらいだからな。」
誰にも知られていない。どんなに花が咲いたとしても、誰からも見られはしない、誰も来ない。王子の存在も誰も知られていない、ということなのか。イメージとして浮かんできたのは、色白でいかにも病弱そうな少年の姿。
「なるほど、だから秘密の花園なのね。」
「…実際、アレはそこまで弱々しくないが…。」
「へ?」
「いや、なんでもない。」
いくぞ、といってベンチから立つレオンハルトについて行く。
そういえば、さっきふと頭をよぎった『彼』は一体誰だったのか。
考えようとしたが、前を歩く彼に呼ばれ、考えることを先延ばしにした。
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案外この二人で話が作れそうな気がする。
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