「久々に聞きたいと思ってたの、『琥珀の愛』。駄目?」

彼女はそういった。

久々。そうかもしれない。

(人が注意してるのに、まったく…)

そう思うけれど、彼女の楽しみにしている顔に、本当に自分は弱いな、と思わずには居られなかった。



(―――夢 か。)

ふいに途切れたビジョンに、急激に思考が醒めていく。

珍しく、今日の夢は今の自分の夢だった、気がする。

「ん、起きた?」

そばで聞こえたその声に一瞬思考が固まる。はっきりと響くその声。

「―――あ。」

エステル・ブライト。

「『―――あ。』じゃないんですけど。急に寝るし、村に戻ろうにも村への行き方わからないし!心配したんだからね…!」

そういって彼女は向こうを向いてしまったけれど、ヨシュアはすぐに今の状況を理解できなかった。なぜ、どうして彼女がここにいて、自分は寝てしまっているのか。しかも口調からして自分がここに連れてきたような感じだが、よく思い出せない。

「え、っと。」

「……」

「とにかく村に帰ろう か。このままここにいても、仕方ないし。」

立ち上がって彼女に手を伸ばすと、むすっとしながらもヨシュアの手を取った。

もしかしたら何かあったのかもしれないが、自分は思い出せないし、それで怒られるのは自分としても少々納得できない。

(昔から彼女が怒るのは理解できないこともあったし…今は村に戻らないと―――)

日の高さからして、日が明けて結構たつようだ。早めに戻らないと心配している人もいるかもしれない。村へ帰る道を進んでいく、そのときだった、



「―――エステルッ!」

微弱な気配。思わず身体が飛び出し、彼女をかばう。

その瞬間、ドス、という鈍い音が聞こえたと同時に、自分の体が吹き飛ばされるのが分かった。

「…ぐっ!」

花がクッションになったようだが、飛ばされた距離が距離のため衝撃は思った以上のものになる。さらに、先ほどの攻撃で腹部を負傷したということが分かる。立てばもしかしただ何か問題があるかもしれない。

「ヨシュアッ!!!」

遠くから彼女の声が聞こえるが、どこかそれを遠く感じる。

(大丈夫、攻撃の瞬間に力を込めたおかげでそこまで酷い傷じゃない。受身も取れた。問題はアイツからどうやって逃げるか、ということ。)

呼吸を整え、心を平静に保ち、今の自分の状態を理解する。

今の自分はそれこそまともな武器を持って来ていない。せめて愛用の双剣があればよかったが、持ち合わせは生憎ナイフのみ。この際わがままも言っていられないが、それにしても敵、だ。

(なんで今になって。)

エステルの様子を見ていたら、それこそこの場所に長く居たような雰囲気である。しかし、今の今までなぜ何もしてこなかったのか。

(どこかに行っていたとか―――いや、今はそれを考えるべきじゃない。)

ここから逃げるためには脳に入ってくる情報の取捨選択。必要な情報は取り込み、不必要な情報は切り捨てる。

グッと力を入れて起き上がると、身体の節々が痛いくらいで動くことに問題はない。手に力を入れる、異常なし。足、異常なし。視覚、聴覚、嗅覚、ともに異常なし。

「ヨシュア!大丈夫?!」

「エステル、僕は大丈夫。とにかくこの場所から逃げるよ、いい?」

そう尋ねると、ほんの少し考えた後に、うなずいた。

「相手は、」

いな い―――?

こくり、とエステルも頷く。

「でも気配があるわ。まだ近くに居るって考えたほうがいいと思う。」

ヨシュア、逃げたほうがいいと思う?」

エステルの冷静な判断に思わず驚いてみてしまうが、全然気にしていないようだった。

エステルは棒を持ってきていたが、物理攻撃が効く相手なのかも分からない。

「僕は―――逃げたほうがいいと思う。」

そういってエステルを見ると、彼女も同じ意見のようだった。

「そうね、ヨシュアも武器がないし、村に行けばレーヴェだって居る。まだ村に戻ったほうが勝ち目、ありそうだわ。」

ヨシュアに肩を貸して立ち上がる。未だに気配は消えることなく、相手は二人を見ている。いつ攻撃するかを考えているのかもしれない。

「エステル、」

こくり、と頷く気配を感じる。

勝負は一瞬で決まるだろう。この一瞬を逃せば、相手の勝ち、ということになる。

グッと力を入れてそそのときを待つ。

その時、さわさわと揺れていた風がふいにとまった。



「―――――今だ!」

ざわり、と言う音と同時に二人は走り始める。

(思った通りッ!)

今まで自分達のいた場所に鞭のようで、しかし先が鈍くとがった木の根のようなものが見えた。その先に自分の持っていたナイフをその先へ飛ばす!

「!――――ギャオゥゥゥゥゥッ!」

ナイフは見事に狙ったところに命中し、敵はその手足をばたつかせる。音から、その手足が複数あるのが分かった。その瞬間、上部から相手が姿を見せた。

「!」

「な、何これ…!」

その姿から相手が魔獣ということが分かる。しかし木、と例えるのがいいのか、それとも花と例えるのがいいのか。とにかく色々な植物を綯い交ぜにしたようなもので、人型であるようにも思えるその姿は例えようのないくらい異質なものだった。

「逃げられるかしら…。」

「どうだろう。でもこれはたぶん、本体じゃないと思う。」

本体でない、ということはこれを倒しても根本的な問題は解決しない、ということだ。

しかし今の装備では倒すということもかなわないと思う。

ピシリ、ピシリとその鞭をしならせ、その植物は前進してくる。

「…ヨシュア、私が火のアーツでひき付けるから、その間にレーヴェを」

「それはダメだ。」

そんな選択、絶対にしたくない。

彼女を一人になんてしてはいけないんだ。

「何とか切り抜けよう。ナイフしかないけど、」

君を守ることは、できるよ。
























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ヨシュア、男前の時間です。

と、同時に物語のキーポイントの魔獣の登場です。










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