「あ、あんですって―――!!!」
正遊撃士になって自分に届いた依頼。
周りの人も驚いていたけれど、実はエステル自身が一番驚いていた。
だって、まだまだ新人の自分に依頼なんて夢のようで、しかもそれがエレボニアからだったなんてビックリを通り越してしまった。だから叫んでしまったことも多めに見て欲しい。
渋っていたシェラ姉を(ゴリ押しで)説得して、さて与えられた一週間、服を新調して正遊撃士昇格の記念にもらった武器を馴染むまで使ってみた。オーブメントの見直しもしたし、装備と道具の見直しだって
「したんだけど、それでも時間が余ってるんですけどー…。」
家のベットに横になる。仰向けになり目を閉じると、木々のざわめきと鳥の鳴き声が耳に聞こえてくる。
(あーなんか、家に帰ってきたって感じがする…)
こうしていると、妙に落ち着く。そして聞き覚えのあるハーモニカの音も聞こえてくる。昔から、この音色で生活が始まるといっても、
始まる?
がばり、と勢いよく跳ね上がり一番奥のその音色が聞こえた扉へと向かう。
(自分の朝がハーモニカの音色で始まるなんて、そんなこと)
バン!とドアを開けるとそのには、
「誰も、いない。」
当たり前だ、今この家にいるのは自分しかいない。唯一の家族である父も今はこの家にはいない。だから誰も、いるはずがないのだ。
でも自分はどう思った?
幻聴かもしれないそのハーモニカの音を、懐かしいと思った。
その音色を、とても恋しく思った。
(なんなのよ、もう…!)
最近、こんなことが自分に頻繁に起こっているのをエステルは自覚していた。
たとえば依頼を受けるときや魔獣退治の場面で、声が聞こえることがある。
よく響くその少年とも青年ともとれるその声は、いつだって場面場面でエステルに忠告をしてくる。小さい頃に聞こえ始めたそれに助かることも多かったのだが、最近はひどくなってくる一方だった。幻聴、幻覚なんて当たり前のようにある日だって少なくない。一度姉弟子でもあるシェラザードにも相談しようと思ったが、結局言い出せずに今日まで過ごしてきた。
(病気、ってわけじゃないんだろうけど、どうも落ち着かないのよね…)
自分は大切な何かを忘れているんじゃないのかという不安が大きかった。
記憶喪失だということもない。だって生まれてこの方記憶がとんだことなんて一度もないし、根本的な問題として、出てくる少年を知らないのだ。
黒髪で、琥珀の瞳。
リベール国内はいない特徴的な容姿。正遊撃士になろうと思い、リベール国内を回ろうと思ったのも、その少年の手がかりを探そうと思ったのもあったのだ。
「結局そんな少年、見もしなかったんだけど、ね。」
人は笑うかもしれない。でも。エステル自身は真剣だった。幻覚だと思いながらもその少年はどこかにいるという確信があった。そうして正遊撃士になったと同時にこの依頼である。
運命。
そんなもの信じるほど乙女チックな考え方をしてはいないけれど、そのときばかりはそう思わずにはいられなかった。
自分の部屋に入ろうとドアノブに手を回したとき、その視界に自分の横の部屋の扉が目に入った。
(ただの物置、なのよね)
物置であるその部屋に妙な違和感を覚えながらも、エステルは部屋に入った。
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陰がちらほら。
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