夢は醒めたとたんは余韻がのこって、その内容を覚えていることがある。

現にいま自分は、それを身をもって体験した。ヨシュア・アストレイはそう思わずには居られなかった。



「エステル・ブライトよ。」



その笑顔が夢の少女と被る。今の方が大人びて、少女、というには少し失礼かもしれないが、その笑顔に、つい自然と笑みがこぼれた。

(本当に変わってない―――。)

何もかも、変わっていなかった。





進む藪道は暗く、先頭のレオンハルトの持つランタンが生命線だといってもいいだろう。夜道になれているヨシュアは問題ないが、夜道に慣れていないエステルの補佐をしなくてはいけなかった。この付近で魔獣にあうことはめったにないが、それでも念には念を、である。この山間部にはときたまとんでもない大きさの魔獣が出ることもある。深い山もあるので、常にそうした危険と隣りあわせだった自分達は、武術を身につけるのが普通でもあった。そのなかでもずば抜けてセンスがあったのがレーヴェ、次点でヨシュアが上げられていた。レーヴェが出て行った村ではヨシュアが一番の実力者、ということになる。

「ね、ヨシュア君。」

「!な、なに?」

不意に話しかけられて驚いた。周囲が夜で、生き物たちが寝静まっているときだからか、その澄んだ声は周りによく響いた。

「ヨシュア君て言いにくいからヨシュアでいい?」

「え、いいよ。」

そういうとにこっと笑う彼女にまたびっくりする。

その笑顔が誰かとかぶる気がした。

「ヨシュアって何歳?」

「え、っと、今年で十六歳」

「十六歳?!じゃあ私と同い年ね!」

前を行くエステルは積極的にコミュニケーションをとってくる。

その態度に、相変わらずの警戒心のなさに少し呆れてしまう。

でもそこか彼女のいいところでもあると、ヨシュアは何故か分かっていた。



「―――ついたぞ。」

ハーメル村は場所も関係して小さな村だった。もしかしたら集落といってもいいくらいだ。

家の明かりはまばらで、しかもエステルが見慣れている灯ではなく、炎の灯。

「すべての家に灯が灯っているわけじゃないのね。」

「何もかもリベールと一緒にされても困るのだが、帝国はこういう村の方が多い。

 ―――村長への挨拶に行ったほうがいいな。」

「レーヴェ、…村長さんはこの前、」

「村長も…なのか。」

ヨシュアは小さく頷く。

もう村人の半数近くが眠りについていた。眠りについていたのは女と子どもが中心だったが、ここ最近は男性にもその症状が始まっていた。

「今は、ジルさんが村長代理をしているから、ジルさんのところに行くのがいいと思う。」

ジルというのは村長の親戚で、非常におおらかで強い女性であり、村長が眠ってからは、ほとんど彼女が村を取り仕切っているといってもいいくらいだった。

ヨシュアはに家に戻るといってジルの家まで二人を送り戻っていった。



村でも高い位置にあるその家を訪ねると、家の中から大柄の女性が出てきた。

「どちらさん―――」

「ジル、俺だ。」

「って、あんた…レーヴェかい?!相変わらず元気そうでなによりだよ!

 それで、その娘さんは?」

「リベール王国から来ました、エステル・ブライトです。」

ペコ、と頭を下げると、大きな体格ではあるが、やさしそうな雰囲気をまとった女性、ジルは少し驚いたような顔をしていたが、すぐに笑顔になった。

「おやまぁ、遠いところからわざわざどうも!私はいま、村長代理を務めているジル、っていうの。あなた、年は、ヨシュアと同い年くらいなのかしら?」

「あ、はい。今年で十六になります。」

話をしながらもジルは机にお茶の入ったコップを置いていく。いただきます、と言って貰ったそのお茶はちょうどいい温度でやっと一息つくことが出来た。

「ところで、今回の依頼だけど、一体どういう風に言われているの?」

「あ、はい。今回の依頼はこちらの村の状況を報告することと、その原因究明だそうです。」

「…」

「あの、ジルさ ん?」

その言葉を聞いてからジルは俯いてしまった。何か問題があったのだろうか。

心配そうに眺めていると、ジルはそっと顔を上げた。

「あんたを頼りないと思っているわけじゃあないの。でもね、あんたはつい先日、正遊撃士になったばかりなんだろう?そのあんたに依頼をするなんて、やはり、この村は見捨てられて―――」

「そんなことないです。」

その言葉を発した少女を見て、ジルは心底驚いた。その姿はまるで―――

「そんな風に考えないでください。そりゃあ、私はまだ新人ですが、この依頼をしてくれた人は体裁だけで行動するような人じゃないです。この村を見捨てるなんて考え、彼はしたりしません。」

ジルはハッとした。あの真紅の目、忘れるなというほうが無理がある。『百日戦役』の際にハーメル村に駆けつけた遊撃士。

「エステル、あなたはカシウスさんの娘さんなのね。」

「父を、ご存知なんですか?」

「この村で知らない人間なんて居ないわ。カシウスさんのおかげでこの村は本当の意味で消えずに済んだんだもの。」

『百日戦役』の前、ハーメルの村に軍隊が襲ってきた。

あれを軍隊といっていいものか、未だに分からないが、その軍隊はリベール王国の軍服をきていた。

『もう終わりだ。』

誰もがそう思い、諦めていたその時、村に現れたのは三十代くらいの男性だった。

数人の部下を引き連れてやってきたその人は、圧倒的な強さでその軍隊を撃退した。

「それでも村の被害は尋常じゃなかった。皆が国に見捨てられたと思い、絶望にくれているとき、その男の人はいったのさ。」

『そんな風に考えてはいけない。私にこのことを教えてくれた人物は、自分の身を顧みずに私にこのことを伝えてくれた。だから、この村が本当に見捨てられたなんて、考えてはいけない。』

その言葉に村の人間は励まされ、ここまで復興したんだよ。

そしてその男性こそ、リベール王国で英雄として呼ばれているカシウス・ブライトだった。

「―――そうだったのか。」

レーヴェには話してなかったからね、と笑っていた。

「でも、それから謎の病気の蔓延、正直、ここまであるとさすがにへこたれるわ…。」

困ったものよね、と笑うジルの手をそっと握る。

「ジルさん、がんばりましょう!私が来て意味があるかないかなんて、まだ分かりません。私が帰るその日に、どうだったか聞かせてください。」

ね?といって笑顔を見せられると、本当にどうにかなるんじゃないかという気がする。

エステルの滞在期間はそれほど長くはない。

(それまでに何が出来るか、よね)

明日から忙しくなりそうだった。



「じゃあエステルちゃんは今日はうちに泊まんなさい!

 明日からは、んーまぁ好きにしていいけど。」

女の子だしねぇ、というときょとんとした顔をしたが、しばらくして意味が分かったのか数回頷く。

「わ、分かりました。」 着替えは?という話をしたあと、ジルはレオンハルトのほうへ顔を向けた。

「さて、レーヴェは…自分の家に戻るのよね。」

「そのつもりだ。」

「カリンには明日会いに行きなさい。疲れが顔に出てるわよ。」

それと、もうご飯も家で食べていきなさい、そういったジルも多少疲れがたまっているように見えた。

(明日から何か変わるというわけでもない。)

それでもそう希望を持つことが大切なのだと、ここにいる全員が思っていた。
























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オリジナルキャラクターが出てくると長くなる、みたい。










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