エステルとレオンハルトがハーメル村につく数時間前―――
カチャリ、とカギを開ける音と同時に重々しいその鉄格子が開く。
「これから先、まっすぐ行っていただくと―――」
「道案内は結構だ。」
軍の人間の説明を煩わしそうに断り、彼は進んでいく。
(ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!)
相手のむっとした空気をひしひしと感じ取り、エステルは心の中で頭を下げまくっていた。
というのも彼、レオンハルトは帝国の人間、特に軍人にいい感情は抱いていないらしく、先ほどからエステルは内心悲鳴をあげまくっていた。もちろん、バカ正直に失礼な態度を取っているわけではない。しかし、軍人を相手にする態度は他の人間の態度よりも随分適当な印象すらうける。
「レーヴェ…なんであんな態度なのよぉ…」
そんなことをいっても、
「日ごろはあいつらだってあんな親切な態度を取りはしない。お前がいるからなんだろうが、虫唾が走る。」
こうした露骨な嫌悪感を、ハーメル村に近づくにつれて彼は態度に出していた。
自分もその感情がわからなくはない。ここに辿り着くまでに彼はハーメル村についてポツポツとではあるが教えてくれていた。
『百年戦役』で村ごと潰されそうになったこと。そして潰されはしなかったものの、村にはよく分からない病気が発症し、村ごと隔離されてしまったこと。地図からも、人の意識からもこの村は消えつつあるということ。
どれも帝国に来るまでには考えてもいなかったことだった。複雑すぎて頭がこんがらがりそうだった。しかしそういう風にいうと彼は、薄く笑ってこういうのだ。
「別にこのことをエステル・ブライト、君に解決してほしいと思っているわけじゃない。考えるのは苦手なんだろう?君は感じ取って、少しでも村の人間の相手をしてくれれば嬉しい。」
あの村は今、精神的に参っているだろうからな、と一言加えられたが要は
「頭使うなってことでしょ…」
「苦手なんだろう?」
と、一言言うとまた薄く笑っていた。
(本当にレーヴェって、オリビエと違って掴みどころのない人…)
そういう結論に至った。
深い山道をただ前を歩く彼を頼りに進んでしばらく、すでに日は暮れ、あたりが薄暗くなり始めたときに、目の前に看板らしきものが見えた。
「看板がある!えーっと、ハーメル村はここから…」
「こっちだ。」
「え。」
彼が進む方向は、看板で指された道の横にあった小さな藪道。どう考えても薄暗くなり始めた時間帯に行くべきではない気がしたが、すでに進み始めた彼に遅れないためにも小走りでついていくことにした。
進む道は藪道ではあるが人が行き来しているような感じだった。道自体も随分前から通られている様子で、エステルは小さい頃の子どもしか通れない道を思い出していた。
「…この道は今は一人しか使っていない。」
「一人しか?」
「昔は俺、そして村に住む姉弟が使っていたんだが、俺はいなくなり、姉が例の症状で眠り続けているからな。たぶんアイツしか使っていない。」
そういうレオンハルトの声色はどこか懐かしそうだった。
「アイツ、ってそのお姉さんの弟さん?」
「あぁ、君と同い年のはずだ。」
しばらく進むと、雑木林がおわり、草原に出た。
草原には何もない。あたりが暗いせいで周りの景色が見えたものではないが、明るければさぞ雄大な景色が望めたであろう。
「春は花が咲き誇ってとてもきれいなのだがな。この時期は紅葉がみれる。」
そこまで広い草原ではない。しかし、これくらいの広さがあれば十分な気がする。
・・・・・・?
「レーヴェ、あの中心の木の下に誰かいるわよ?」
「アイツだろう。…君が起こしてくれるか。」
そういってレーヴェは少し遠いところからかすかに見える村の灯を見ていた。
(起こすって…見ず知らずの人を…?)
こういう突拍子もないことをするのが彼が分からなくなる理由なのだが、木の根元まで行くと、そこにはたしかに自分と同い年くらいの少年が眠っていた。
肌はそこまで黒くなく、どちらかというと白い部類に入るのかもしれない。漆黒の髪がまたそれを際立たせているような気がする。
(ていうか、そこらへんの女の子よりきれいなんじゃないの〜?)
少し女としてのプライドに傷が入った気がする。周りにこういう異性がいなかったというのも問題があるのかもしれないが、今まであってきた異性はやんちゃなタイプが多かったし…。
(いやそういうの、今はどうでもいいし!!!)
ブンブンと首を振って、やさしく揺らしてみる。
起きない。
「起きてくださーい。」
起きない。
むか。
「ちょっと、もしもーし!」
ゆさゆさゆさゆさ。
(だ、ダメだ。起きそうにない。)
「レーヴェ…この人起きそうにないんだけど。」
そういうと遠くにいたレオンハルトがこちらにやって来た。
「そうか。いつもは呼べば起きるんだが。」
村の明かりを見ながらも、こちらに気をかけていたのかもしれない。
相変わらず無駄に器用というか。いやとにかくこの少年を起こして―――
「レーヴェ?!」
「あたっ?!」
ゴン、という音で誰かと自分の頭がぶつかったことが判った。あたったのはきっとこの少年だろう。こんな無理な体勢で頭と頭をぶつけるなんて運命的じゃない?などと思っていたが、やはり頭が痛い。後ろからレオンハルトの「何やってるんだ…」というあきれた声が聞こえた。誰のせいだ。初めからアンタが起こしてくれればこんなことにはならなかったのに、と内心文句を言ってしまった。しかし、痛い。
「いったぁー…」
「ごめん、大丈夫?」
相手を見ると、痛いだろうにとても心配してくれているのがよく分かった。遊撃士なのに、なんだかなさけないなぁ。そんなことをぼんやり思っていると、相手が急に気配を変えてきた。
「あ………。」
―――?どうしたのだろう。というか、もしかして心配をしているのだろうか。少し遊撃士としての沽券に関わる。
「大丈夫大丈夫…あたしもうっかりしてたから…ごめん!」
すくり、と立ち上がり、笑顔を見せる。この暗闇でどこまで見えるか分からないけど、心配なんてかけてはいけない。しかし、相手はそういうことは関係なく、息をのんでいるようだった。
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村に入るまで、です。
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