ヨシュアがホテルに着いたと同時に雨は激しさを増した。
「ラッキーだったな・・・エステル?」
部屋を開けると、パートナーは未だに帰っていないようだった。がらんとした部屋は、どこか空しい。
「傘、もっていってないよね・・・」
ホテルの部屋に準備してあった傘たてには2本の傘。朝に出かけるときに持っていくように行っていたはずだったが、うっかりもののパートナーのことだ。きっと忘れてしまったのだろう。
「迎えにいこうかな。」
立ててある傘を手に持ちホテルを出ると、先ほどよりは確かに雨脚は強くなっていた。それでも傘が役に立たないほどのものではなく、少し安心する。
(駅の方は、っと)
近くの表札を見て確認する。
エステルは駅の近くの配達所に向かうと言っていた。リベールとは違い、鉄道が発展している帝国、もしくは帝国近くの街では配達物を鉄道で送ることが一般化している。
「エステルが無茶して濡れる前に、迎えに行かないとね。」
確認して駅へと向かう。
心なし、多少早歩きになっているのは仕方がないことだ。昔からエステルは放って置くと無茶をすることが多い。昔もこんな雨の日にエステルは傘を忘れてびしょぬれで帰ってきたことがあった。あの時はまさか無茶して帰ってくるとは思ってもおらず、翌日にひどい風邪をこじらせ、肝を冷やした。
『全然大丈夫よ』
と風邪をひいているのに、ヨシュアを慰めようとしていたエステルを思い出して、笑ってしまう。あの時は、こっちにこんなに心配掛けておいてなにが大丈夫なんだ、と腹立たしく思ったが、あれもエステルのいいところの一つだった。
そうして早歩きで駅に向かう途中、視界に入ったのは見覚えのある栗色の髪。
「エステル!」
喫茶店の軒下でチラチラと空へ向けられていたエステルの視線がこちらに来る。走ってエステルのもとに向かうと、どこかほっとした表情を浮かべていた。
「ヨシュア、迎えに来てくれたの?」
「まさか、出かける前にあんなに言ったのに傘を忘れる人がいるなんて思ってもみなかったけどね。」
「アハハ・・・ごめん。」
傘を渡すときに少しだけ、手が触れた。
「・・・どうしたの?」
「手が冷たかったから。どれくらい外に居た?
「――ほんの10分20分よ、心配ないわ。」
「嘘だね。」
そう言い切ると、エステルは目を丸くしてヨシュアの顔を見た。
エステルはもともと嘘がそこまでうまくない。特にヨシュアと比べたら天と地ほどの差――これは言いすぎか、とも思うが、それくらい嘘が下手だった。
(僕の嘘はすぐに見破れるのになぁ・・・)
一息ついてエステルを見ると、なぜヨシュアに嘘がばれたのか、それが分からないらしい。
「・・・エステルは嘘が下手なんだよ。」
「う、うまければいいってわけじゃないでしょ!」
「で、何分?」
こういうときには笑顔が一番だった。
自分が作れる最上級の笑みに、プラス凄みを効かせる。
「・・・・・・30分くらい。」
「30分って・・・そこまで本降りじゃなかったでしょ?」
ヨシュアが遊撃士協会支部から帰ってきたのが20分くらい前で、それからすぐに出てきたのを考えると、エステルがどうして30分もここに居たのかが分からない。
「こっちでは結構降りが激しかったの。北側はそうでもなかった?」
「うん。向こうは本当にさっき降り始めたんだ。」
くい、と引っ張られてエステルの横に並ぶ。ぽたぽたと決して一定のリズムを刻んでいるわけではないその雨音に、先ほどまでざわついていた気持ちが落ち着く。
「―――ふぅ。」
「ヨシュア、疲れてるね。」
「そっかな。」
目の前は色とりどりの傘をもった人たちが道を行き交う。老人、青年、母親と子どもすべての人が無表情に見えた。
「・・・ホテルに帰ろうか!」
「え?」
ぎゅっと手を握られ、走る。周りに居た人たちがその様子に驚いたり、微笑んでいる。
初めに浮かんできたものは羞恥だった。いい年して、さすがに傘をささずに雨の中を楽しそうに走っているなんて。
「エステル!傘!」
「いいじゃない、帰ったらすぐにお風呂に入りましょ!」
楽しそうに笑うエステルを見て、少し呆れてしまったけどすごく幸せな気持ちになった。
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