すべての誤りには



この世界全てを混乱させたあの旅が終わってしばらく、シェラザードは元気がなかった。
元気がないという表現はおかしいが、目に見えて空回りというか。
シェラザードは非常に大人びており、どんなに苦しくても表情にだしたりするようなタイプではなかった。それが今はどうか。考えに耽る時間が多くなったし、仕事をしているときもどことなく気が抜けている。溌剌とした表情ですらあまりしなくなり、あの鈍感で有名だったエステルにすら心配をさせるくらいだった。

(仕方ない、そういわれればそうかもしれない。)

自分がいた旅団がなくなり、敵として再会した姉のような存在であったルシオラが死んだ。旅団がなくなった真相にも、そこにあった団長とルシオラとの思いにも多少のショックがあった。あの時、塔から落ちる姉をまだ助けられたかもしれない。

こうしておけばよかった。ああしておけばよかった。
もう何百回とそう思い続けてきたはずなのに。その分強くなったはずなのに、いつもいつも大切なときにそれを生かせないでいるシェラザード自身に腹が立っていた。しかしいつもは気持ちをすぐに切り替えられるはずなのに、今回は未だに気持ちを切り替えるどころか、さらに自分の心の深くへ潜って行っている。
この原因には心当たりがある。

(―――なんでアイツが。)

ふと頭に出てくるのは掴みどころのないあの金髪の帝国人。初めのころは帝国のち諜報員かと思いきや、それが王族に名を連ねるもの―――である。
初めこそ驚いたが、よくよく思い出すとごく稀のごく稀に垣間見えた、気品だったり、妙に浮世離れしたあの雰囲気は、王族のソレといってもいいかもしれない。
ただ正体を知ったところで関係は何も変わらず、それがお互いにとって良かったのか悪かったのか。

「アイツにこんな気持ち、」

勘弁して欲しかった。机にうつぶせになると、手入れした爪に視線がいく。
そういえば彼はこの指を褒めていてくれたっけ。
そのときはあまり気にしていなかったが、今は思い出すだけでため息がでる。
こうして悩んでいるのは自分だけなのか。あの飄々とした相手がこんな気持ちで悩んでいるとは思えない。そう思い、またため息をついてしまう。
起き上がり、窓の外を見ると雪がちらほら降りはじめていた。
少し窓を開けて手を伸ばすと、雪は手の温度ですぐに解けてしまう。
(人の気持ちも雪みたいなものね。)
柄にもなくロマンチックなことを言っていることに驚きながらも、これを言うんだったらアイツよね、と笑ってしまう。

自覚するのは簡単だ。問題はこの気持ちをどうするか。
押し殺すのも簡単だ。でも消すことは―――
「どうやら無理みたいだわ、この気持ち。」
ふわり、と手に舞い降りてきた雪はまたすぐに消えてしまった。

―遺稿―


すべての誤りには三つの段階がある。
第一は、誤りが生まれる段階。第二はそれを誤りと認めようとしない段階。
第三は、もはや取り消そうにも取り消せない段階。