「ヨシュア君のことが好きなの。」
そう、好意を伝えられるのは初めてだった。
今、目の前の少女から思いを伝えられているのは誰だ?―――僕だ。
そう、つい内心で自問自答してしまうくらい、ヨシュアは驚いている。
数ヶ月前、というには月日が過ぎてしまっている気がするが、ブライト家に引き取られてから、彼の生活は一変した。今では笑ってしまうが、初めの頃こそ警戒心を剥き出しにして全く心を開かなかった自分が、今ではブライト家の人間だけでなく街に買い物に行ったり、日曜学校に通ったりするようになったのだ。今考えても非常に驚くし、あの当時の自分が知ったらどんな顔をするか。考えると少々笑える。
その自分が今、同じ年の少女に世間一般で言うところの告白、をされている。これを告白と捕らえていいかは不安があるが、きっと間違いではないのだろう。
しかし何故、僕なのかという疑問が頭をよぎる。
(確かにこの子と話したことはあったけど―――)
毎日あいさつをするのは当たり前だし、会話も数える程度しかしたことがなかった。会話といってもおしゃべりなブライト家の彼女の会話に自分が少し加わるくらいだったはず。
(彼女は、僕のどこを好きになったのだろう。)
その疑問が頭をよぎる。
「君は、僕のどこを好きになったの?」
君、という単語に一瞬顔をむっとさせたようだが(仕方ない、僕は彼女の名前を知らないのだから)、少し考えてから彼女は自分の思いを流暢に語り始めた。
「ヨシュア君ってすごくかっこいいし、優しいし。一緒にいたら楽しそうだって思ったの。」
同い年とは思えない、どこか女性を思わせるその口ぶりに少し気分が悪くなってしまう。顔に出ていないとは思うが、彼女はまだ話を続けている。
「それに、いつもエステルの相手って大変じゃない?エステルって女の子っぽくないし―――」
「僕が誰と一緒にいるかなんて君には関係ないんじゃない?」
『彼女』の名前、そして『彼女』への負の感情を感じた瞬間の相手への嫌悪感の早さに驚きながらも、それを聞いた途端に、目の前の少女への関心が地に落ちた。いや、地に落ちたどころではない。どうでもよくなってしまった。
「残念だけど、誰かを突き落とすことでしか輝けない人に興味ないから。」
本当はまだ言いたいことがあったが、もうその少女へ言葉を発すること自体がひどくおっくうになっている。もういいだろう、帰らせてくれ。心の中の悲痛な叫びはその少女に聞こえることなく、そして少女を見ると今にも零れんばかりの涙を溜めている。
(勘弁してくれ…。)
今日はまるで、ついてない。
日曜学校が終わるまでは、何事もなくいい日だったのに、少女に呼び出されてから気分は最悪だった。そう考えているうちに目の前の少女は嗚咽をあげ、泣き出してしまう。泣きたいのはこっちだ。言いたいことだけ言って目の前で泣くなんて勘弁してくれ。
(むしろ僕が泣きたいくらいだ―――)
せっかくエステルと買い物をしよう、それから二人で修行をしようと昨日から言っていたのに、それも台無しになってしまった。もうエステルは帰ってしまっているだろうし、それよりも今の状況をなんとかしたい。でも、話を切り出すにも、少女は泣きながらまだ話をしようとしている。
もういい加減に――そう思い口を開こうとしたときだった。
「はい、そこまでね?」
後ろから女性の声が聞こえたかと思うと、ヨシュアの目は隠されてしまう。
「そういう大切なところで涙を使うのは卑怯よ?」
あなたの気持ち、分からないこともないんだけどねーと笑いながらいう女性の声は冗談を言うようでありながらも、どこか説得力のある口ぶりだった。
「分かったらその涙を拭いて、お家に帰んなさい。」
かわいい顔が台無しよ?というと、しばらく沈黙が続いた後に、少女の謝罪の声が聞こえ、駆けていく足音が遠いていく。
「シェラさん、ありがとうございます。」
「あら、ヨシュア、しばらく会わないうちに社交的になって。」
ビックリしたわ、といって目の前が明るくなる。以前あったときが半年くらい前だったが、すこし髪が伸び、少し化粧も変わった気がする。
「今の子から告白されたの?」
みたいですね、というと、大きな溜め息が聞こえた。
「?」
「分かってないみたいだけど、ヨシュアって案外―――」
そういうと、何かを考えているようだった。
「…まぁいいわ。それよりもヨシュアはもう少しああいうのの断り方を覚えなさい。あれじゃあ、泣いちゃうのも仕方ないわよ。」
それに関しては同じ気持ちだ。女の子の涙というのは恐ろしいということを身にしみて分かった。もう少し相手が傷つかない断り方を覚えないといけない。
「まぁでも、見ないうちにずいぶん輝くようになったわね。」
その外見で周りの女の子も大変だわ、そう言って前を行くシェラザードの後姿をみながら、ぼんやりと考えてしまう。
―――輝くようになった?
それは勘違いの気がする。
(でも、もし本当に輝くようになったのだったら、)
それは誰のお陰でもない、エステルのおかげだろう。
青く輝く空が、無性に眩しく感じた。