朝から嫌な予感はしていた。
今日は雨になりそうだったので、あまり護衛をするには適した天気ではなかったのだ。
万全の準備をすれば、この嫌な予感は消えるかと思ったが、そんなに簡単なものではないと、あとから知ることになる。
「ここで待ち合わせで間違ってないのよね?」
ヨシュアが持ってきた手紙の内容通りに、次の日の朝、依頼の時間30分前には指定位置に到着していた。少し準備もあったし、これくらいが丁度いいというヨシュアの話もあったからだ。
「そうだね。護衛の依頼って書いてあったけど、どこまで護衛とも書いてないし、場所の確認くらいはする時間が欲しいんだけど・・・。」
あたりを見回してもそれらしい人は見えない。
「筆跡からして女の人だとは思うんだけどなー。」
「筆跡って・・・エステルがそんなところまで見てたなんて・・・」
「なにー?その言い方!」
クックッと楽しそうに笑うヨシュアを横目でにらむと、笑い声はさらに大きくなった。なんだか納得いかない。
(あたしだって遊撃士になってそれなりになるのに!)
初めにヨシュアと旅をして、それから一人でヨシュアを探して。
それなりに成長だってするのだ。いいかげんに『行動派エステル』みたいなイメージはやめて欲しい―――ま、間違っては居ないけど。
(でも、ヨシュアが元気でよかった。)
昨日、依頼の話の前後、どうもヨシュアの様子がおかしかった。
心ここにあらず、というのか、どうも寝ぼけているような感じだった。ヨシュアのことだからないとは思ったが、長い旅なのだ、ヨシュアだって調子が良くないことがあるのかもしれない。
(でも、あたしがうまくフォローしていかないと。)
気合を入れなおしてヨシュアを見ると、未だに楽しそうに笑っている。
「・・・もう、いい加減にしてよ!」
「アハハ」
「―――すみません。」
コツ、とヒールの音が聞こえた。
「!―――はい、あなたは。」
先に反応したのはヨシュアだった。相変わらずこの切り替えの速さはすごいと感心する。
「依頼を申し込みました、アンジェラです。」
居たのは黒髪黒目、というか全身を黒で統一した女性だった。
全身黒一色だとしても、別に暗いイメージもなく、むしろそれがピッタリで違和感がない。
凛とした立ち姿は意志の強さを現しているようで、エステル自身気がついたら姿勢を正していて驚いた。
(・・・メイベル市長、とも違うなぁ。)
この人の雰囲気は独特だった。今まであった人たちのどの人とも重ならない、孤高の気高さとでも言うべきか。
ぼんやりと見ているとその女性がこちらに視線を向けた。
(・・・!)
向けられた視線はゾクリとするほど冷たいもの。
(敵対心、というよりも殺意に近い気がする。)
「そちらの方は?私はヨシュア様のみに依頼をしたのだけれど。」
「私は、」
「帰ってくださる?」
(―――は?)
さすがに聞き間違い、ということはないだろう。それほど印象を与えるのには十分な言葉だった。つまりこの人は『お前はいらない』といっているのだ。
(なんというか、正直な人なのね。)
悲しいけれど、今までもヨシュアだけが目的の依頼だってないわけじゃなかった。しかしそういう人たちはヨシュアにそれなりの視線(この場合はもちろん、色気を含んだもの)を送っていたのだが、露骨にエステルを邪魔者扱いしなかったのだ。むしろ、エステルとも友好関係を築き、ヨシュアのことを聞き出そうとしていた女性も居た。その場合、何故かヨシュアが怒ってしまうのだが。
(『エステルに期待するのが悪いんだけどね・・・』とか言われてもわかんないわよ・・・)
要は嫉妬、なのだろう。
しかし、エステルにはどうも、ヨシュアが浮気するのがイメージできない。
ボクっこ、もといジョゼットとの仲を疑ったこともあるがそれも一時のものだったし、あれは以前にあった依頼の事件のせいもあったのだと今は思う。だから女性に言い寄られているヨシュアを見ても、正直なところ、嫉妬というものよりも大変そう・・・という感情の方が先に浮かんでしまうのだった。
「・・・聞いてるの?」
「あ、あーごめんなさい。」
意識をと飛ばしていたせいで、気がついたら先ほどの倍以上の鋭い視線でにらまれていた。
(うわ、美人のにらみは怖いわー・・・)
そう怖気づいてもいられない。ヨシュアは――こっち見てるだけだし。
(何も言わないわけ、ね。)
ここは自分に任せる、ということなのか、とため息が出た。
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