もう小さい頃から綴ることが日課となっている日記を手にとって、今日もまた退屈な日々を書き記していくんだと思った。
何があったかなんて、思い出すまでもない。気の向くままに起きて、庭を散歩して、ガイやペールと暇つぶしに喋って。つまらないことだらけだ。いっそ何かが起きてくれればいいのに。
眠さに意識を半分飛ばしながらページを捲って、おかしなことに気がついた。昨日書いたページより、明らかに最後に記した場所が進んでいる。驚いて何度も瞬きをし、目をこすって確認したがやっぱりおかしい。日付は、最後の日付は未来を示している。
「…なんだこれ」
呟いて、誰かのいたずらを疑ってみたものの筆跡は自分自身のもので間違いない。しかし昨日の夜こんなに書いた覚えはない。
「ティア?ジェイド…イオン…アニス?」
書いた覚えのある場所から読んでみると、次々と知らない名前が登場する。それどころかこの日記によると自分は成人の儀まで出られないはずの屋敷から吹っ飛ばされて外の世界を旅することになっている。それはなんとなくいいなと思った。ここから出て外へ?なんとも甘美な響きだ。
読み進めると、ガイやナタリアも登場し、いよいよ何か真実味を帯びた気配を感じた。誰かが自分の筆跡を真似て、このような物語を書いたのか?それともこれは実際の未来を示すものなのか?どちらか判断つかないが、ルークは次第にその日記のに惹きこまれ、眠気のすっかり覚めた目で読み進めていった。
そして。
読み終わった後、最初の興奮は何処へやら、ルークは真っ青になって日記を握り締めていた。震えが止まらず、腰掛けたベッドから床へと崩れ落ちるのを必死に堪える。
レプリカ。オリジナル。師匠の計画。世界の崩落。そして、自分自身の決意。
何故かはわからない。けれど、日記に記された出来事は間違いなく真実なのだと確信してしまっていた。
(だって、俺は、)
コンコン、とドアをノックする音が聞こえて、ルークはびくりと体を震わせた。その拍子に手に持っていた日記を取り落としてしまい、それはバサリと音を立てて床に転がった。拾う気にはなれない。出来れば信じたくない、けれど確かな真実が刻まれたその日記から、今は目を逸らしていたかった。
「だ、誰だ」
搾り出すようにノックに答えると、ドアの向こうから聞きなれた爽やかな青年の声。
「ルーク?まだ起きてるか?」
「ガイ…」
聞きなれた、そのはずなのにどこか違和感を感じる。ちらりと床に落ちた日記に視線を走らせてルークは頭を振った。
「なんだよ、こんな時間に」
「いや、ちょっと渡すものがあってな。入れてくれないか?」
「…ああ」
返事を返してすぐに、金髪の青年が姿を現した。いつもどうりの格好で、笑顔で、でもそのすべてに恐怖を覚えた。反射的に近寄るな、と叫びそうになり慌てて言葉を飲み込む。そんなルークの様子にはかまわずに、青年は手に大きな袋を持って近づいてきた。
「はい、これ」
袋を押し付けられて、ルークは怪訝そうな顔をしたが、青年はにこにこ笑って、それじゃあなと部屋を出て行こうとする。青年が離れてくれたことに少しだけ安心しながら、でも慌ててルークは彼を呼び止める。ずっしりとした袋には、様々な品物が詰め込まれていて、そのなかのほとんどはルークの知らないものばかりだった。
「ちょっと待てよガイ!なんだよ、これ!」
叫ぶと、体半分を振り向けて、ガイは笑った。
「何言ってんだよ。わかってるだろ?これから役に立つものさ」
これは、しらないえがおだ。
警告のようにその言葉が頭に浮かんだ。
何もかも知っていて、真っ直ぐにルークを慈しむ表情。なのに、最初に感じたのは恐怖、ただその一点に尽きた。
「…ま…さか…」
絶句したルークを満足げに眺めて、
「おやすみ、ルーク。明日からは忙しくなるぞ」
ガイは心底楽しそうに言って部屋から出て行った。
取り残されたルークは抱えた袋を見下ろして、再び襲ってきた震えに耐えようと目を閉じた。なんで、とかどうして、とか聞くまでもない。
答えは床に転がっている。
一気に古ぼけたような日記は、それでも変わらずそこに存在した。