信じたかった。
信じたかったんです、師匠。
だけど俺は、
一度だけ、屋敷に大道芸人が呼ばれたことがあった。
毎日退屈だと嘆いていた俺の為に、師匠が父上に頼んで呼び寄せたのだ。中庭で行われた小さなサーカスや、あの頃魔法のように見えた手品など沢山の催しが行われたが、その中で何より俺が興味を持ったのは人形劇だった。鮮やかな衣裳を纏い小さな舞台を動き回る人形に、俺はひどく心惹かれた。
「ルーク、もう終わったよ」
舞台にかじり着いて動かなくなった俺に、ガイは苦笑して声をかけた。俺は納得せずにそのままそこを動かなかった。ガイが俺の手を引いて別の大道芸を見せにいこうとしたが振り払った。(もうすぐ、あと少し)
「なぁ、ルーク。何を待ってるんだ?」
呆れ果て、困ったような声でガイが尋ねる。俺は振り向かず、舞台から目を離さないまま答えた。
「皆がでてくるのを待ってるんだ」
「皆?」
「さっきまでここにいた奴ら」
「ルーク、あれは…」
ガイは何か言いかけて口をつぐんだ。言葉を探して迷うような間があったあと、深いため息を吐き、結局彼ははじめの言葉を選んだようだった。
「あれはなルーク、生き物じゃないんだ。糸を使って人が操ってるんだよ。だから」
「糸があるのか?」
「ん?…あ、ああ。気が付かなかったのか?」
俺は頷いた。衣裳と動きに目を奪われ全く気がつかなったのだ。
舞台を片付けられずに困っていた大道芸人に指示をして、ガイは人形達をもう一度舞台に出させた。確かに、よくみなくてもわかるくらいはっきりと、それらの手足には糸がついていた。俺は手を伸ばして糸に触れ、触った拍子にそれが動くのをみた瞬間、それまで決して離れなかった舞台から目を逸らした。
自らの意志を持っていたわけではない。考えればすぐにわかることだっただろうか?いったい俺は何を期待していたというのだろう?舞台の上で輝いて見えた彼らは、意志を持ってはいなかったのだ。俺はそのことに落胆した。
「糸を切れ」
「は?」
「糸を切れ。不愉快だ」
「…ルーク」
ガイは何か言いたげにしていたが、俺はそれを無視して、従わない使用人の腰から剣を引き抜き、一気にすべての糸を切り裂いた。大道芸人の悲鳴が上がり、人形達は舞台に倒れ伏した。そう、これは人形だったんだ。(でも、だとしたら)
俺は剣を投げ捨て、憎しみをこめた目で睨んでくる大道芸人に背を向けて歩きだした。ああ、気分が悪い。
「…どこに行くんだ?ルーク」
いつもより一段低い声でガイが俺に言ったが、俺の心は少しも動かなかった。(いや、反対に荒れ狂っていたのかもしれない)
「部屋。もう飽きた、寝る」
「…そうか。おやすみ」
それに答えずに、俺は黙って部屋に走った。ベッドに飛び込み、枕に顔を埋める。目を閉じると糸の切れた人形達の姿が目蓋の裏に映し出された。それにイラつきを感じ、同時に恐ろしくてたまらなかった。
(師匠は、俺のどこが好きですか?)
(かわいい人形のようなところだよ)
(人形…ですか?)
(ああ。おまえがおまえのままであるかぎり、私はルークを好きでいるよ)
好きという言葉が単純に嬉しくて、深い意味など考えもしなかったんだ。
糸の切れた人形。
ぴくりとも動かないその姿が、自分に見えた。糸を握っているのは師匠で、師匠は笑っていた。そして俺に好きだよと言ってくれた。人形の俺は幸せそうに笑ってた。(同じなのに疎ましい)
師匠の言葉を信じたかった。
そうしていれば俺は幸せだった。
そのはずだった。
師匠の笑顔は俺に正解を与えてくれているような気がしていたんだ。
だから、
信じたかった。
信じたかったんです、師匠。
だけど俺は、
(もう貴方のお人形じゃない)