薄っぺらく笑って、心にもない言葉で偽って。
いつからこんな風になったんだろう。こんな風に狂わせてしまったんだろう。わからない、わからないけどもう以前がどうだったかを忘れてしまったから、戻ろうと努力することも出来ない。いいかな、どうせみんな気づかないだろうし、気づいたってどうしようもないに決まってるし。(どうやったってやっぱり俺は、)
右手に負った傷は、自分が予想するよりもずっと深いものだったらしい。襲ってきた魔物をどうにか全て倒し、もしくは退けて一息ついたとき、アニスが俺を見て悲鳴を上げた。顔を真っ青にして俺を指さしてくるから、俺も驚いて指された先を見てみると肘から手首近くにかけてすっぱりと切れた傷から出血してぱたぱたと地面に血がしたたっていた。そういえば、さっきなんだか痛みを感じたような気がしたんだった。でもそれどころじゃなくて、どうせ利き腕じゃないしいいやそれよりも敵がティアを狙ってる止めなくちゃ、とかなんとかそんな感じで。
「ルーク!どうして言わなかったの!」
「…あ、いやなんかその」
「もう!」
ティアが走ってきて悲鳴を上げ(アニスといいどうしてこうも高い声がでるんだ)、慌てて譜歌を唱え始める。他のメンバーも寄ってきて、
「これはまた派手にやりましたねぇ」
「大佐!笑い事ではありませんわよ!ティア、私も手伝います」
「馬鹿ルーク!鈍感にもほどがあるでしょー?!」
「ご主人様!大丈夫ですの?痛いですの?」
「まぁまぁまぁみんな落ち着いて。ルーク、腕は動くか?」
わぁわぁなんか色々言い始めた。とりあえず俺はガイの質問に頷いて、手を動かしてみた。動かすたびに痛みが走るが、どの指もしっかりと動く。ティアとナタリアの治癒術が聞き始めて痛みもだんだんと引いていった。メンバーはなおも俺に向かって何か言っていたが、俺はそれに生返事を返して、だだ、ごめん、と笑って。
滴った血が手のひらに流れていくのを見てた。
みんなが、俺のこと本当に心配してくれるのは、わかってるつもりなんだけど。それがすごく嬉しいのも確かなことなんだけど。どうしてだろう、心の一番奥にある大切な何かをすり抜けて少しも響かなくなってしまったんだ。空っぽで、ずっとずっと満たして欲しかった器の中に、望み通り優しい暖かさが注がれているというのに、どうしてかそこはいつまでたっても空のまま。(なぜならそれは、)
治療が終わって、念のため少し休憩を、というジェイドに、俺は平気だからと断ろうとして、俺以外の全員によって却下される。ならあたりを見回りに、言ったら杖を持ってティアがにじり寄ってきたので止めた。譜歌って反則技だと思う。仕方ないので適当に座り込んで怪我をした右手の調子を確かめてみた。傷はふさがったけど、流れ出た血の跡は消えておらず、俺の手は真っ赤だった。拭こうとか洗おうとか思わなかったのは多分、これが本来の姿で正しいんじゃないかって思ったからだ。しっかりと動く指、紅く染まる手のひら。(いっそちぎり取ってしまいたい)
血の跡に気がついたガイが布で綺麗にぬぐい取ってくれた後も、俺の手は少しも綺麗になった気はしなかった。いつか黒く染まり腐れ堕ちて俺の体を病んで殺すのはきっとこの血の跡なんだろうな。ぼんやりそんなことを考えてた。
この心はきっとあの時に砕け散ってしまったんだ。でも俺は責任を果たさなきゃいけないから、必死でかけらを拾い集めてとりあえず形にしてみた。でもやっぱりうまくつながらなくて、かけらの全ては見つからなくて。望んだ何かがすり抜けて堕ちていくのをどうしようもなく見送ってるだけだった。
でも、俺はまともだとみんな言うし、じゃあこれで良いかなんて。(狂ってるのは世界だと)
ああ、だれか俺を壊してください。
(優しくされる度、俺は俺でなくなっていく)