こんな世界、滅びてしまえばいいと思わないか?
なんて言葉を、自分と瓜二つの人間から聞かされたらどうするだろうか。何でもない顔で、世間話をするようにそれが当然のことのように同意を求められたとしたら世間一般どんな反応を示すのだろうか。
とりあえず彼は、何も言わずにそいつの横面をぶん殴っておいた。
「いってぇ…」
「何言ってやがる、てめぇ」
視線で人が殺せるなら目の前の男は即死だろう、それほどの勢いでにらみつけたがその男は殴られた頬に手をあて、不思議そうに彼を見返してくるだけだった。(なんて忌々しい)

何がどうしてこんな事になったのか、よくわからないが今彼はドッペルゲンガーもかくやというほど外見上は似ている男と一対一で対峙していた。いつもなら過保護なほどそばにいる男の仲間の姿も見えない。そもそもここは何処だ、いったい何が起きている、どうしてこいつと二人きりなんだ、答えろローレライ。(この際ユリアでもいいい)
「何で殴るんだよ」
「てめぇの脳みそがついに沸いちまったんだと思ってな。ふざけたこと言ってないでどこかへ失せろ。目障りだ」
「なんだよ、おまえならわかってくれると思ったのに」
「わかるわけねぇだろう、屑の考えなんて知るか」
ああ、イライラする。同じ形で、同じ顔で、同じ目で、どうしてこんなにも考え方はちがうのだ。どうしてこいつはこんなにも軽率で馬鹿で考えなしに発言出来るのだ。わかるはずないわかりたくない聞くのも汚らわしいいっそ消えてくれないか。
殺してしまえばいいだろうか。
「おまえが言ったのに」
「…何がだ」
「おまえは俺なんだろう?同じ存在で同じ心なんだろう?」
「そんなわけないだろう、この劣化野郎」
「じゃあ何で認めてくれないんだ。だったらなんで俺を否定するんだ。俺が俺の意志を持つことをおまえは邪魔するのに、同じ考えであろうとするのも気にくわないんだろ?」
「……何だと」
「俺は何だ?おまえは誰だ?同じであるのもちがう存在でも駄目なら結局どうしたいんだ。答えろよ、アッシュ」


俺はルークなのか?それともアッシュなのか?
(劣化複写人間なのか?)


「黙れ、屑」
かろうじて声を絞り出したが後は続かなかった。自身の行動に、矛盾が生じていることは理解しているつもりだったけれど、それを目の前の男によって責められるとは思ってもみなかった。いつまでも意志を持たない、持とうとしない人形であるやつではないと、わかっていたつもりだった。こいつは俺で、俺ではない。(同じではない)
「なんだ…、アッシュにもわからないんだな」
落胆ししたように俯いて、男はため息をついた。それに腹が立ち、再び殴ってやろうかと拳を握りしめたとき、ふいにそいつは顔を上げた。ところで、アッシュ。
「…まだあるのか」
相手が顔を上げたことで絡んだ視線を引きはがし、ほぼそっぽを向く形で答える。かなり油断した。悔やむべき失態だ。そうだ、こいつは俺じゃない、俺とは行動パターンがちがう。ちがいすぎることを失念していた。
「俺は、殴られて黙ってられるほど心は広くないんだ」
「っ?」
どういう意味だと聞こうとした瞬間に衝撃が襲ってきた。殴り返されたのだ、理解するまもなく意識がとぎれた。

あの野郎、少しは手加減というものを知りやがれ。


目を覚ますといつも利用するケセドニアの宿屋だった。
夢か?それとも気絶していたところを運ばれたのか?わからない。わからないが無性に腹が立つ。むしろもうどちらでもいい、あの劣化レプリカ複写人間屑野郎を今すぐ探し出して一発ぶん殴ってやらないと気が済まない。全力で。

(おまえならわかってくれると思ったのに)

手荒く荷物をまとめているところで、ふと思い出した一言に動きを止める。いずれ、そのうち。延ばし延ばしにしてきた問いをもう考えなければならないのだ。
…答えは、まだ出ない。本当はもう知っているのだろうけれど。まだ。
ただひとつ言えることは、世界が滅びても良いなんて、そんなはずないということだけだ。たとえ夢の中であったとしてもいってはならないことだ。それだけは言ってやらないといけない。

世界は救われるべきなのだ。(たとえ存在を否定されても)

全てが彼の夢だったとしたらなんて、彼の頭からもう閉め出されてしまった。




心は遠く あと何歩





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