毎朝目が覚めて、大きく開いた窓から零れ落ちる暖かな光を浴びるたびに思うんだ。
ここにいるのは誰だろう、ここにいるべきは誰だったんだろう、と。
寝起きはいいほうではない。むしろ悪い。目が覚めてから体勢を整えるのに五分はかかるし、その後もしばらくベッドに腰掛けてぼんやり中空を眺めていたりする。この時間が一番好きだ。まだ現実と夢の狭間でふらふらと漂っていられるから。たぶん誰かが見たらこっそり笑ってしまうほどの間抜面で、俺は頭の覚醒を待つ。何も考えずにいられる時間に縋りながら。
次の瞬間が一番嫌いだ。
朝起きて一番に考えるのはいっつも同じで、でも俺の出来の悪い頭は答えを導き出すことに失敗する。何度放棄したって、ふとした瞬間に襲ってくる自分自身への問いは、俺の首どころか全身を締め上げて身動きを封じてしまう。
本当はすべきことが沢山あるんだ。でも、俺なんかが手を出していいことじゃないのかもしれない。出来損ないの俺はきっと失敗する。だから足をすくませてそこすらも俺の居場所じゃない広くて寂しい部屋に閉じこもり続けている。
こんな状態、みんなきっと望んでない。
俺は歩き出さなきゃいけないのに。
(でも、あの人は帰ってこない。俺は演じ続けなければいけない)
「ご主人様!今日もお外はいい天気ですの!お散歩するですの!」
「あー…、一人で行ってこいよ。めんどくせ」
「みゅうぅ…一緒が良いですの…」
「イヤだ。俺は行かない」
縋りつくような目で見てくる聖獣の仔に背を向けて、ようやく抜け出したベッドに再び倒れこむ。柔らかいそれは音も立てず俺を受け止め、でももう一度睡魔を差し向けてくれるようなことはなかった。寝汚いのは確かだけれど、一度目を覚ましてしまえば頭も身体も活発な活動をする。それをこれほど疎ましく思うことはなかったのに、最近は悪態をつきたくなる。
諦めきれずごろごろと寝返りをうっていたら、ドアが開く音がして小さな足音が遠ざかっていった。ミュウが本当に俺を置いて散歩に出かけてしまったようだ。びっくりして身体を起こすと、開いたドアの先に既に聖獣の姿はなかった。確かに一人で行けとはいったけれど、何を言ってもいつも傍にいたから本当に出て行くとは思わなかった。
「…馬鹿みたいだ、俺」
なんでだよ、と自分勝手に思ってしまう。寂しいなんて、自分で突き放しておいて筋違いじゃないか。変わるって言ったのに。そう誓ったのに。
何一つ変わってないじゃないか。
(見目悪くて下手くそな俺。代役さえ務まらない)
あとであいつが帰ってきたら謝ろう。
起こした身体を胡坐をかいて座り込ませて、ミュウが出て行ってしまったドアの先を見つめる。ミュウの言ったとおり、外はいい天気らしく敷き詰められた床石が日の光を反射して白く眩しく輝いている。風が入ってきて僅かに髪を揺らした。
花の匂い。
そういえば、ここに帰ってきたときはまだ蕾だった花々は、もう咲いたのだろうか
。
ただ一歩踏み出すだけでそれくらいすぐ確認できるのに、外に出てもし誰かと顔を合わせたらと思うと気が滅入る。食事を知らせるメイドたちに会うのでさえ嫌なのだ、自分から姿を晒したいとは思わない。奇異の目、蔑む目、嫌悪の目、もううんざりなんだ。
知らずこぼれ出たため息は、部屋の空気を少しだけ揺らして消えた。
俺は何一つとどめることは出来ないのだ。
帰ってきたミュウはペールにもらったと言う花を抱えていた。それは俺が気にしていた花のひとつで、とても良い香りを部屋に運び込んだ。お礼と、さっきはごめんな、と言うと、ミュウは嬉しそうに跳ね回り、俺の心を少しだけ暖かくした。
「お外はもっと沢山花が咲いてるですの!今度見に行くですの!」
はしゃぐミュウに答えず、俺は受け取った花を窓際に飾った。
鮮やかで匂いの強いこの花は、なんと言う名なのだろう。
数日して花は枯れた。
別にに放置してたわけじゃない。水をやって、窓際で日に当てて、ずっと見てた。
でも、枯れてしまった。枯れていくのを、ずっと、見ていた。
気付いたミュウが新しく花をもらってきた。
同じ鮮やかで匂いの強い花だった。
(錯覚しそうになる。でも、あの花は確かに枯れた)
俺は結局その花の名を今も知らない。
知りたくも、ない。