あの笑顔も、優しい言葉も、すべて嘘だったとは思わない。
その中に本物は確かにあった。ただ、
それを向ける相手が俺じゃなかっただけだ。


俺が馬鹿みたいに勘違いしてただけなんだ。



部屋に飾られた肖像画を、結局下ろすことは出来なかった。優しく微笑むその目が冷たく染まったあの瞬間を忘れることがないように。言い訳は、誰に宛てるともなくそういうことにしておいた。
ぼんやりと腰掛けたベッドから見上げた師は、あの頃と少しも変わらず大きく見えた。大きな手も、穏やかで強い存在感も、全部が憧れだった。同じようになりたいとずっとずっと願ってた。(いつか、叶えられると)
ふいと視線を逸らすと、そこには美しい鞘に飾られた剣が二つ。どちらもいつかの誕生日に、師から与えられたものだ。外に出て実戦を経験することなどないと、二つとも芸術品のような価値しかない。
でも、とても嬉しかったのを覚えている。
ありがとうございますと何度も言った自分の頭に乗せられた優しい手。振り仰ぐと師は笑って、喜んでもらえてよかった、と。心からそう言ってくれたんだ。
嘘なんかじゃなかった。
嘘であるはずがなかった。
放り投げたボールがやがて地に落ちてくるのと同じように、汚くなってもう使えない人形が邪魔にしかならないように、師の言葉は紛れもなく真実で、乾いた地に暖かな恵みの雨を降らせるようにルークを幸せにした。子どもだからといって、いや、真っ白な子どもであるからこそ、真実を見抜く力は高い。そして、あの当時まだ世に生まれでて数年の幼いルークにとって、それは偽物の言葉なんかで得られやしない確かな宝石だった。師は愛情を持ってルークに接していた。(間違うはずもないんだ、だって)

ずっと自分だと信じてきた一人の幼い少年がいる。朗らかに笑う少女と、少しだけ二人よりも大人びた金髪の少年、二人の幼馴染の真ん中に立って、にこりとも笑わず堂々と、真っ直ぐな目をしている赤い髪の少年。自分の過去をだと信じていた姿。
いつか、戻れると。
皆が賛美するこの少年のようになれるんじゃないか、とか。そんな風に思っていた時期もあった。全部思い出せば、きっと、師も喜んで、もっと愛してくれるんじゃないか、と。
でも、それは間違いだった。
彼と自分はまったくの別人で、自分に賛美されるべき過去なんかなかった。自分は摩り替えられた偽物で、本当は役に立たないただのお飾りの人形で、屋敷の皆がそのことに気付けなかっただけだ。みんな師に(俺に)騙されていたんだ。
俺に注がれていたのは、全部俺に向けた愛情なんかじゃなかった。俺と摩り替わってしまった立派で賢くて誇り高い写真の中の少年のものだった。

全部知っていた師匠だって、同じ姿をした人形に向けて、愚かな愛を囁くように俺を甘やかして優しくして、それで満足していたんだ。


俺は手に入らない本物の代わり。つなぎ。
ただそれだけでしかなかった。


そう。
師匠の笑顔は全部本物だった。
あの屋敷の何処にも嘘なんかなかった。


ただ、俺が本物じゃなかっただけだ。







狂信者の末路





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