覗き込んだくらい闇の縁で、俺が出来たことと言えばただそこから伸びてきた手に喉を掴まれて引きずり込まれていくだけだった。
抵抗なんかできるはずないしする気もない。俺を彼らの傍に引き込んでそれから何かしたとしてもきっと誰も咎めはしないよだって。
だってさ、俺は当然そうなるべくしてこの世界に存在しているんだから。
闇の中で目を開ける。実際真っ暗で何も見えないんだからあける必要なんかないのだけど、もしかしてどこかで光を捉えるかもしれない、ありえない希望をいまだ捨てきれずにいる。
いくら闇に慣れたってこの目は何も見出せないのに。
手探り、足探り、全身の感覚すべて使って前進し始める。無駄なことだ。どうせ辿り着く場所はいつだってひとつしかないんだから。てきとうに歩いて走って転んで自分から何処までも堕ちていけばいいのに、俺にはそんな勇気ないから怯えながら進むだけ。毎回の終着点でくろい闇よりもさらに深いくろに飲み込まれて意識をなくすまで、まとわり付くような濃い空気といつ足元がなくなるとも知れない闇の中を恐怖に震えながら進んでいくのだ。立ち止まるなんてことはできない。それは、それだけはしてはいけない。
だってそうしたら俺の代わりに(みんなが、)
ふいに伸ばした足先に床が触れなくなった。ああ、ここだと理解してその場にしゃがみこむ。そこは何かの縁で、多分覗き込んでいるのだけど俺の目には周りと同じ闇が広がっているだけで、そのまま顔から突っ伏したってもしかしたら顔面ぶつけて痛い目合うだけなのかもしれない。でもそれが出来ないのは俺がここを知っているからだ。
ここは確かに縁なのだ。
ぼう、と眺めていたら首筋に冷たい何かが触れた。撫でるように表面を滑った後ぐっと力をこめて首を絞める。触れている感触は華奢なのに絞める力は恐ろしく強い。目は開いているけれど首を絞める何かの正体はわからない。でもそれが確かにこのくらい縁の内側から伸びているものだということはわかる。
にんげんの、て。
俺が殺した。
絞められた首が不意に強い力で下に引っ張られる。堕ちる。そう思った。いつもどうり堕ちて行く。縁から淵へ。それで終わりだ。その先のことは考えたくもない。正気を保っていられるのはここまでで、呪いと怨嗟と憎しみと悲しみと苦しみと、とにかくすべての負の感情が一斉に襲い掛かってきて俺はただ、ごめんなさいとしか言えなくなる。目を開けたまま、閉じているのと同じくらい暗くて何も見えないのに俺は俺が殺した人たちの姿がはっきり見えてしまう。
みんな苦しんでる。
だから、俺も、同じほど。
彼らのすべての苦しみと同じだけ苦しまなきゃいけないんだ。
諦めたように為すがまま、引っ張る力に身を任せようとしたらぐいと、下へと導く力よりも強く首根っこ掴まれて俺は堕ちて行くことは出来なかった。掴まれる様な服を着ていたのだなとまず思った。(今まで気にすることなんてなかったから)
上と下と両方から引っ張られて結果的にいつもの倍くらい苦しい。なんだろう、いつもと違うなぁと他人事のように思った。このまま息が詰まって死ぬのかな。
それはいやだな。
だって、俺。まだやることが。
「しっかりしなさい…ルーク!」
ジェイドの声?
おどろいた。とうとう旅の仲間まで巻き込んでしまったのかな。俺の妄想力もたいしたものだ。ほんとなさけない。まだ他人に縋ろうとするなんて。
「おきなさい。今すぐ目を覚ましなさい。こんな夢を見る必要はない!これは貴方の自己満足です。夢に見て後悔して苦しむ暇があるならもっと生きることを学びなさい!」
これが俺の自己満足?
俺が望んでる?
そんな馬鹿な。だってこんなにもくるしいしこわいのに。
「償いはこんな夢の中に逃げ込んでするべきことではないでしょう!」
目の奥で光がはじけた。そんな感覚がした。目の前は真っ暗のままなのにふいに視界が真っ白になって逆に何もみえなくなる。黒いのか白いのかホント何もわからない。
ただわかるのは。
俺が戻るべき場所がすぐそこに迫ってること。(現実が、)
目を覚ましてもそこは暗い場所なんかじゃなかった。僅かに開いたカーテンから薄日が差し込んできらきらしてる。すごくきれい。まだ生きてるよかった。ふとそう思った。
だって目の前にこわいのがいるんだ。
悪夢よりもこわい、現実の悪魔。
もしかしたら俺の生みの親。
「何で首絞めてるんだよ」
「起きなかったら殺してやろうかと思いまして」
そいつは冗談のひとかけらも見えない笑顔でそう言って手を離した。
絞められた首をさすりながら体を起こすと、酷く喉が乾いているのに気がついた。水が飲みたいなぁなんて思ってたら脇のテーブルに水差しが置いてあってびっくりした。寝る直前は確かになかった。
「なぁジェイド」
期待なんかしないよ。俺は笑って、彼も笑ってた。だから正解はあの闇の淵へ捨ててきたんだと。(それでいいんだ)
「これ俺にぶっかけるつもりだっただろ」
「正解です」
よく出来ましただなんて、褒め言葉じゃない。
水を全部口に含んで、半分飲んで半分噴出した。汚いですねぇ。そうだよ、俺は汚いよ。答えてもう笑うしかない。
笑い続ける俺を不審に思ったガイが部屋を訪ねてくるまで、俺はひたすら腹を抱えていた。
汚い。ホント汚い。
たくさん殺して、まだ生きたいと思う俺は、なんて汚いんだ。
暗闇の淵から覗くたくさんの目に晒されて、でも。
望むところだなんて啖呵きって、
(馬鹿な俺はいつだって怯えてる)