今日はエステルとヨシュアは同じ部屋である。いつもなら違う部屋だか、今日は宿の好意で一番大きい部屋に泊めてもらえるということで、二人は同じ部屋になった。
さすがに勢いよく開けるのは気が引けたので控えめにノックをする。
「はい。」
「あたし…。」
冷静な声、と取れればまだよかったが、どう聞いても不機嫌、もしくは無機質な印象を受ける。カチャ、とドアを開けると、一番奥のベッドにヨシュアは座っていた。
(入っていいの…?)
2人の部屋なのだから遠慮などいらないはずなのに、この張り詰めた空気はエステルを拒絶しているように感じる。肌にヒリヒリとくる痛い空気。できることなら入りたくなどない。
「…エステル、どうしたの?」
「え、あ、ごめんね。寝るところだった?」
そういってヨシュアを見ると、ふるふると首を振る。しかし目に見えて具合は悪そうだ。
(言わないと、いけない。)
ドアを閉めて、グッと手に力を入れ、一呼吸する。
「ヨシュア、あのね、今日は話しに来たの。ヨシュアが最近ちゃんと眠れて居ないのは知ってた。で、ね、私に力になれることってないの?」
「…ないよ。」
暗くて表情なんて見えない。声も、小さすぎてやっと聞き取れるかどうか。
でも何かを言わなくちゃいけなかった。思いつくかぎりのことを。
「…あたしたち、パートナーでしょ?ヨシュアがつらいのを気がつかない振りはもうしたくない!私に―――」
「エステルに、」
力強い声。芯まで凍えるような、そんな。
「エステルに何が分かるの。」
ヨシュアの目を見る。まるで感情のない声。いつもの柔らかなものと違って冷え切った表情。こんな表情、させるつもりで来た訳じゃないのに。ジワリと波が押し寄せてくる。
(泣いちゃいけない!)
グッととの波を乗り切りヨシュアを見ると、今にも泣き出しそうな目でエステルを見ていた。
「ごめん、でもエステル、僕はエステルにやさしくして欲しいわけじゃないんだ。」
そういってベッドから出てくる。コツコツと一定のリズムで歩くのはヨシュアの癖のようなものだと思う。
ふと気配がして思考を戻すと、ヨシュアはエステルの正面に来ていた。さっきまであんなに距離があったのにいつのまに?あまりの近さに驚いて一歩下がろうとすると、手をつかまれた。
「痛ッ…!」
ギリ、と音が出るんじゃないかというくらい強い力。
(逃げな…)
思考がそう動いたことに驚いた。
逃げる?逃げるってどこに。だって目の前にいるのは“ヨシュア”なのに逃げるなんて。
「逃げるの?」
そっと耳元でささやかれた声にカッとなった。声のあまりの近さにそうなったのか、思考が読まれたことにそうなったのか。どちらかなんてもう分からなかった。
「違、」
「違わない、でしょ。」
頬にふれた手は驚くくらいに冷たい。それが頬から首筋にまでつい、と線を描く。
ビクリ、と身体が震えた。
ヨシュアを見上げても表情に変化はない。いつまでの冷めた目でエステルを見ている。
(何を考えているの…)
こんなに距離を感じるなんて、今までなかったのに。

気がついたら涙があふれていた。とめどなく際限なく流れるその涙をヨシュアはどう思ったのか、そっと親指の腹で撫ぜる。それでも涙はとまらない。
(ヨシュアが何を考えているのかなんてあたしには理解できない…?)
こんなに思っているのに、こんなに近くに居るのに。
ヨシュアを、抱きしめた。
息を呑むのが分かる。だからどうした、泣いたことが功を奏したのか、もうなんでもこい、決意がかたまった。
理解できないからすべてを投げ出すなんて、それこそ自分らしくなかった。
「あたしはどうせ、単細胞で人の気持ちなんて理解できないわよ。」
「…エステル?」
「だから何もするなって?放って置けって?冗談じゃない!」
涙なんか見せてやるな。あたしの武器は涙なんかじゃない。
「ヨシュアだってあたしの気持ち、わかんないでしょ?ヨシュアがうなされて目を覚ますたびにあたしだって目をさましてたの!おかげさまで寝不足よ!お肌にわるいのよ!」
グッと力を入れる。涙は拭いた。(ヨシュアの服で)
見上げるとポカンとあっけにとられているヨシュアがいた。
その顔をつまんで引っ張ってやる。
「言いたいことがあるんなら聞くわ。」
ヨシュアの気持ちが分かるか分からないかはあたしが決める。




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