ひたひた、と音が聞こえる。
それは“足音”。
しかしその足音の主はそうとう悪趣味なのか、足音を消すことくらいたやすいはずなのにわざと自分の居場所を知らせるように歩く。しかも気配を出さないようにしているからか、足音だけがしん、としたこの場所に響く。
真っ暗い闇の中、足音が聞こえる方角を探す。
もう、探す必要などないのに、その足音がどこから聞こえるのか、自分は分かっているのにそれでも、いつもその音の聞こえる方角を探ってしまう。
ひた、と足音が止まる。その足音が聞こえた場所は、自分の後ろ。
『もう分かっているじゃないか。』
後ろを見たら何が見えるのかなんて、ここ数ヶ月で学習している。
『もう見なくていい。それは“ ”じゃない。』
それでも見なくてはいけない。
勢いよく振り返ると、暗闇に一人、自分と同じ年くらいの少年、いや青年の足が見える。
足だけははっきりと見えるのに、頭部は暗闇にどっぷりと浸かってしまったかのように見ることは出来ない。
現実と夢のグラデーション、例えは変だが姿ははっきりとしない。
しかし、徐々に、そう徐々にではあるが、その姿が現実のものとなる。
足、腹部と同時に手、腕、首筋、そして、
「――――あ。」
全身血まみれの“自分”はひどく幸せそうに。
「―――ッッ!」
ガバッと起き上がる。全身から汗でぐっしょりと濡れている。気持ち悪い。呼吸が荒く、心音は今にも弾けそうなくらいに脈打っている。もし心音が周りに聞こえていたらさぞ近所迷惑だろう。聞こえなくて良かった。
(ま…た、か。)
未だに荒い呼吸を落ち着かせようと状況を確認する。冷め始めている自分の意思は『深呼吸をする』というのがここで一番の解決策だと判断した。ふう、と一呼吸すると不思議と落ち着いた考え方が出来た。自分は“いつもの悪い夢”を見た。それに動揺して“いつものように”不安定になっているだけだ。そう考えると不思議と体全体も冷めてきた。先ほどまでうるさかった周りが、あの夢の場所のようにしん、と静まり返っているのが分かる。
「今は深夜の3時…また微妙な時間だなぁ。」
こんな時間に起きたところでどこかあいている店があるというわけでもないし、泊まっているメンバーの誰かがおきていると言うわけもない。しかし寝るにも、難しい状況だった。シャワーを浴びるにもそんなに防音がしっかりしているような宿には見えないし、とにかくベットから起き上がる事にした。
この夢を見るようになって、しばらくたつ。
初めは一日だけのものかと思ったがそうではなく、例えるならば波のように毎日見るときもあれば全く見ないこともある。もともと眠りが人より浅いヨシュアにとっては見るの次の日は一番つらいものだったりした。なにせ自分のパートナーは人より鈍いくせにこういうところばかり敏感に反応するのだから性質が悪い。もちろんそれは彼女のいいところでもあり、少しでも彼女と釣り合う様にしている自分にとって、次の日というのは針に糸を通すくらいの気持ちで接していかなくてはいけないので通常の倍は神経を使う。おかげ様でその日は部屋に戻ってからは死んだように眠る。そういう時にまで悪夢を見た日は本当に泣きたくなるが、原因が分からないだけに対処しようがないし、心のどこかでこれは数多くの罪を犯してきた自分への罰なんじゃないかとすら感じていた。つまりこれは義務、ということだ。
「ちょっと外に出てみるかな…」
このまま考えていても何か解決すると言うわけでもない。気分転換が必要な気がした。
音を立てないようにそっと部屋を出て、外へ向かう。
まだ暑い日が続くというのにこの時間の外は昼間の熱気すら感じさせない、どこか異空間のような感じさえもたらした。肌寒いくらいのこの涼しさにあの“夢”を思い出させる。ふるり、と肌が震えた。
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