(傷心旅行に行ってきます)
あれよあれよと仕事に追われ、7年前までの記憶を掘り起こしながら何とか終わらせて疲れて帰ってきてみれば屋敷のどこにもあいつの姿はなく、綺麗に整頓された机の上にぽつんと置かれた白い手紙が一通、部屋でオレを待っていた。
無造作に開いたその手紙の内容を理解した瞬間、オレは疲れて血の巡りが悪くなった頭に一気に血が上り、血管が音を立てて切れたような気さえした。
感情のままに白い手紙を握り潰して紙屑にする。そして更にそれを感情のままに投げ捨てた。
叶うものならエクスプロードで燃やし尽くしてしまいたい。
「どういうことですか、父上…!」
「…いや、我々も一応止めたのだが…、本人がどうしてもと言うし、ジェイド殿も一緒だと言うのでな…」
「・・・・・・・・・・・・何ですって?」
その激情のままに父上の執務室へ足を運ぶと、オレの常にない(少なくとも父上にとっては見たことのない)勢いに圧倒されたのか、少々引き気味だった(気がする)。
だがそんなことは、父上の口から出てきた言葉によってオレの頭の彼方へと追いやられた。
誰と一緒だと?ジェイド?
アイツとオレで共通する知り合いの中から、顔と名前を一致させる。
ジェイド。・・・・・・・よりによってあの眼鏡と一緒なのか、あの屑は!
「なぜアイツが付くことで許したんですか!相手は無法者の侵入から行方不明になっていた王族を、届けもせず連れまわしていたマルクトの軍人ですよ!?」
「いや…それは、そうだが…」
「しかも何なんですか、なぜこのクソ忙しい時に?どこに行ったんです?」
「き・・聞いてどうするんだ?」
「連れ戻してきます!」
ばたんっ、と大きく音を立てて、父上の執務室から飛び出す。
仕事は一段落ついたんだ、問題ないだろう。
そもそも、アイツにも覚えなければならないことは山積みなのだ。
オレが王位を継げば、アイツが公爵家の跡を継ぐ。
ここにいる間、アイツはまともに学んでなどいなかったのだ。
思い出すどころか、一から知らねばならないことも山程あろう。
「それを…、傷心旅行だと…!?」
「あら、アッシュ。どちらへ行ってらしたの?」
「…ああ、ナタリアか…。父上の執務室だ。あの屑、傷心旅行に行きやがった…」
「傷心旅行?…アッシュったら、そんなにルークを虐めてましたの?」
「…とりあえず、話し合うと言った婚約の件に関しては屑が見つかってからだ。オレは今から捜しに行く」
「…ええ、それは…構いませんけれど」
ナタリアからの問いには答えず用件だけを伝え、オレは羽織ったコートを翻し部屋を出る。
どうしようもない苛立ちを、その場では何とか押さえ込んで。
ああ、しかし、やはり腹立たしい。
玄関までの道すがら、心内を支配するのは押さえ込んだ苛立ちで。
弟になんぞ成り下がりやがったことも。
この忙しい時に連絡先も知らせず傷心旅行になど行きやがったことも。
その供にあの眼鏡が付いていることも。何もかも。
歩いて鼻をつく匂いは、どこもオレの知らないものだ。
城も、執務室も、この屋敷の自室ですらも。
そのことがまた、オレをイラつかせる。
「…見つけ出したら、部屋に閉じ込めてしごいてやる…っ」
搾り出したその声を、拾った者は他には誰もいなかった。