ファブレ公爵家跡継ぎのお披露目会。
それは、ファブレ公爵家跡継ぎの墓の前で行われるはずだったものが急遽形を変えたものだった。
実は生きていて、家督を相続する。
そう聞いて落胆した貴族共もいたようだが、オレには関係のない話だ。
今回のことでオレは世間的にも完全に、ファブレ家の跡継ぎの地位に―――――すなわち、オレが10歳の頃に追い出された陽だまりの下に戻ったわけだ。
レプリカはオレのレプリカということを伏せ、弟という形で処理された。
これは本人も知らなかったようで、聞いた瞬間目を瞠って壇上のオレと父上を見上げていた。
間抜け面だった。いつものことだが。アレでオレのレプリカだとは思いたくない。
今まで存在を伏せていたのは、生まれた年にちょうどオレの誘拐事件があったため、安全確保のために情報を出さずにいた、ということにしたらしい。
レプリカだということを伏せたのは、見た目が変わったということもあるが、それ以上に現在のレプリカたちの状況から考えての判断なのだろう。
父上はともかく心配性で過保護な母上がそれを知って公表させるとは思えない。
…しかし、そんな瑣末なことはどうでもいいことだ。
オレにとって問題なのは―――――…
「…なぁ」
「なんだレプ…屑が」
「…それさ、言い換えられた気がしないしむしろ2倍悲しいっつーかむかつくんだけど」
「うるせぇ屑が」
オレに宛がわれた部屋で、ティーテーブルに置かれた紅茶を飲み、お祝いにと届けられたケーキを貪り食っているのは、非常に不愉快かつ不本意なことにできてしまったオレの弟。
すなわちこの劣化レプリカだ。
しかし、レプリカということを伏せて公表してしまった手前、コイツのことをレプリカと呼ぶわけにはいかず(どこで誰が聞いているか分からないからだ)、うっかり呼びそうになっては「屑」と呼び変える、ということをさっきから何度も繰り返している。
それが向こうは不愉快らしく、ケーキを食べる手を止めて抗議してくるのだが…おい、何だそのガキみたいな食い方は!何だそのクリームまみれの顔と手は!!
お前は手づかみでケーキを食ったのか!フォークはどうした!!
…もう言う必要もないとは思うが、オレの目下の問題というのはコイツの存在位置と呼び方なワケだ。
1度うっかり母上の前で「屑が!」と言ってしまった時には「可愛い弟にそのようなことを言うものではありませんよ」と、やんわりと窘められてしまった。
その時の眼鏡の生温い笑みと屑のざまみろと言わんばかりの笑みはこの上なく屈辱的だった。思い出しただけで腹が立つ。
考えながら、目の前の小さな姿に再び目を落とす。
さっきまで不平不満をぐだぐだと言っていた口は、再びもぐもぐとケーキを咀嚼しているため静かだった。
オレも置いてあった紅茶に口をつける。
それはすでに温くなっていて、小さく舌打ちをした。
すると傍に控えていたメイドが怯えたように「すぐに新しいものをお持ち致します…っ!」と涙声で言いながら、ひったくるようにティーポットと2つのカップを持って行ってしまった。
紅茶が冷めるのなんて自然なことであって、いくら気の短い自覚のあるオレでもそんなことでメイドを叱り飛ばすつもりなんてないのだが(カップをひったくられた方が余程無礼だと思うのはオレだけだろうか)、…怯えられたものだ。
疲れを覚え深く溜息を吐くと、大きな瞳がじっとこちらを窺っていた。
口元は若干緩んでいる。それにむかついて、オレは自分用に置いてあったケーキを一口分切り分けるとフォークに突き刺して屑の口元に押し付けた。
クリームまみれになったが、元々そんな状態だったんだ、変わりはせんだろう。
オレは戻ってきた。この陽だまりの下に。
それが赦されるのかどうかなんて答えてくれるモノは何もない。
しかし周りはオレを引きずり出してゆく。この陽だまりの下へと。
世界が変わっていく。
オレを、「アッシュ」を、知るものが増え、オレを組み込んで世界が変わっていく。
オレの気持ちや感情など、無視したままに。
オレの知らない場所で、知らないうちに。
そしてきっと、置き去りにされているのはオレだけではないのだろう。
それでも「世界」は変わっていくのだ。