おかえりなさいと縋り付く様に包み込んでくるのは母親の腕で。
よく戻ったと泣き笑いのようなものを浮かべているのは父親で。
着いた先は、かつてもう二度と戻らないと思っていた両親のもとだった。

「判っては、いたがな…」

そう、判っていたことだ。
戻ってきた自分がこのレプリカと連れて行かれる先なんて、一つしか、ない。

「…おい」

さっきまでは人の顔を見て笑ったり街の明かりを見て嬉しそうにしたり、見ているこちらを苛々させるような空気を出していたくせに、その張本人は人の背中にへばり付いたまま下りては来ない。
ガキ扱いすると微妙な顔をして反発するくせに、今やっていることはまるでガキだ。
なんて調子が良い奴。

いっそ振り落として父上達の前に突き出してやろうかとも思ったが、それより先にいつまでも姿を現さないコイツに焦れたのか不安に思ったのか、母上が「…私の可愛いルークはどこです?」と震えた声で紡いだものだから、背中にへばり付いたものがびくりと震えた。
コイツも大概母上には弱い。
だからさすがにもう下りて出て行くだろうと思ったのに、コイツはまだ踏ん切りがつかないのか声も発さずに人の背中に更にへばり付く。
縮んだ事実を受け止めてもらえるか不安なのだろうが、こんなコアラの親子のような状態をずっと続けるつもりなんてこっちにはサラサラない。
今度こそ振り落としてやる―――そう思った矢先に、背中にあったものは引き剥がされていた。

「奥様がお捜しの可愛いルークはこちらになりますよー」

と言う、眼鏡の暢気な声と共に。

オレは助かった、という安堵は見せず、ただ、ざまあみろと言わんばかりの嘲笑だけを顔に貼り付けてアイツを見て、アイツはしまった、と言わんばかりに顔を真っ青にした。

「…ルーク?」

両親はと言えば、仔猫のように襟首を掴まれてぶら下げられていることは気にも留めず、ただぶら下がっているものを信じられないように見つめていた。
しかし暫く見つめた後、母上がそっと眼鏡からレプリカを受け取り、その細い腕で抱き上げる。
いくら縮んだとはいえ、母上の腕が折れてしまうのではないかとも思ったが、当然それは杞憂に終わった。

「ルーク、なのですか?」

近距離でじっと見つめられもう一度問われてさすがにどうしようもなくなったのか、レプリカは本当に小さな声で「…はい、母上」と答えた。

暫くの沈黙の後の母上のあの表情を、オレは忘れることはないだろう。

「…おかえりなさい、ルーク、アッシュ。二人とも、待っていましたよ…」

泣きそうに、けれど柔らかく微笑んで。
記憶よりも老いてしまった両親は、それでも綺麗に笑っていた。
レプリカは母上の腕の中で俯いて、オレも柄にもなく、「はい」と答える声が掠れてしまった気がする。
向かってくる眼鏡たちの視線が生温くて気色悪い。
しかしこの雰囲気を壊す気にはなれなくて、どうせ後でからかわれるんだろうから、と文句はその時のためにとっておくことにした。


オレは還ってきた。
しかし、この陽だまりの中に帰ることまでが、許されるのだろうか。
失くしたはずのものが徐々に徐々にまた自分の手の中へ戻ってきて、どうすれば良いのか分からなくなる。

けれど―――…もしも、これがローレライの策略や失敗だとしても何か意味があるのなら。

オレはまた、新しく綴らなければならないだろう。
新しい物語を。そしてこれはきっとその―――…





【overture】(序曲)
(オペラ・バレエなどの始めに演奏され導入の役割を果たす楽器曲)





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