開いた目蓋の先には守りたかった世界があって、懐かしい景色と仲間たちが存在する。
触れた指先には温もりと、体の奥底には確かに喜びに震える自分自身の心がある。
俺は還ってきたんだ。
ほんの少し前まで泣きそうだこりゃまずいと目を擦ってばかりいたけれど、何故か一人分の席に二人で収まってしまった隣人が何も言わずに手を差し伸べて擦る手を止めてきたので、今度は腹がよじれるほど笑いたくなった。窮屈そうに顔をしかめてはいるけれど、今の状況に文句一つ言わない。
俺が世界でただ一人、神にも近く敵わないと思っていた存在が、俺を見て怪訝そうに眉を寄せている。
俺が笑顔で見つめると、そいつはでかい石でも不意に呑んでしまったような顔つきになった。それがおかしくて俺は小さく声を出して笑った。
思いもよらず擦れたその声は、泣き声に似ていたのかもしれない。壊れ物でも扱うように背中をさする優しい手が、想像以上に暖かかった。
窓ガラスに左手を貼り付けて、そっと離すとそこに手形が出来た。指でなぞってみて、小さすぎる大きさにため息をつく。服の袖を引っ張ってガラスに擦りつけ、なるべく跡がなくなるように手形を消した。
窓から見える景色はほぼ黒一色。夜なのだから仕方ないが、どうせなら昼間にこうして空を飛び、ご無沙汰だった世界の姿を見たかったと思った。ご無沙汰と言っても、俺の感覚的にはそんなに経過したとは思えないのだけれど。でも間違いなく時間は流れていて、皆は長い間約束を信じて待っていてくれた。同じようでいて同じでない、けれど確かに覚えているみんなの笑顔。うっかり泣きそうななったのを誰が責められよう、それでも俺は歯を食いしばって泣くのを耐えた。一度泣きはじめてしまうと、嬉しいやら悲しいやら情けないやら、色々な感情が重なって止まりそうになかったからだ。
ふと目を凝らすと一面を塗りつくす黒に別の色が加わり始めたのが分かった。
ポツリポツリと見える光点は街の明かり。
命の灯りだ。
俺たちが、守った。
まだ、まだ、もう少し。
そう願った結果がこれなら俺の体はあとどれだけ、神様の暖かな手を握り続けられるのだろう。
世界は広い。
俺が思っていたよりずっと広い。
(俺の神様は、世界に勝てなかったのに)
もうすぐ到着です、と誰かが着席を促した。
俺の体は軽々と抱き上げられて席に納められる。
怒りたいのは山々だが、なんと言って怒鳴れば効き目があるのかわからない。
子どもじゃないと言うには、俺の体は縮みすぎてしまったんだ。