沢山伝えたいことがあって、残しておきたいことがあった。全てを書き尽くそうと躍起になって書き殴り、でもやっぱり全部は無理だと気がついた。だからできるだけの想いを包み隠さずに綴り、ようやく終わりの一文を書ききって。
そして俺は俺の全てを注ぎ込んだ物語にようやくの終止符を打つことができた。
たった一つきり、俺の命の物語。
そのはずだったのに!
アッシュの珍しく呆けた面が見える。
目をあけて初めて目にする光景がそれだった場合、世間一般どういう反応が得られるだろうか。いつも厳格で眉間に皺を寄せ、口から飛び出すのは常に罵倒、浮かぶ笑みは嘲笑、視線に殺傷力があるなら周囲に破壊光線を撒き散らしそうな、そんな奴。そいつが目を見開いて口を半開きにし、間抜けた表情で自分に視線を注いでいたらどうするか。
思わず噴き出してしまいそうになって、俺は慌ててその衝動を飲み込んだ。プライドを傷つけられることを非常に嫌う人間だから、すぐさま我に返って殴りつけられるかもしれない。痛いのが嬉しい種類の人種ではないから、それは勘弁願いたい。
だから取り合えず二呼吸ほど間をおいて、落ち着いて名前を呼んでみた。
アッシュ、と。
「………?」
僅かな違和感があった。確かに自分の声だ。だが妙に高い。覚えている自分の声はもう少し落ち着きがあったような(なかったような)。
「…ルーク…?」
俺が自分の声に気を取られているうちに、相変わらず妙な表情をしたアッシュは恐る恐るといった体で俺ににじり寄ってきていた。いつもなら行動がしゃっきりはっきりしているというのに、その様子は俺には変に見えた。常に自信満々の声も今は僅かに懐疑を含んでいる。はて、何を疑うというのだろうか。
疑問符を浮かべると、アッシュは何か決意したかのように立ち上がった。四つん這いでアッシュに這い寄られるという、ある意味ホラー映像から解放されて俺としては嬉しい限りだ。
が。
アッシュ、何か身長高くねぇ…?(死んでる間に伸びるものなのか?)
「!?」
「てめぇ…、レプリカ、か?」
「見てわかんねぇのか、ってか抱えあげんな!え?というかなんだよコレ?!」
「俺が知るか」
視線を横に、そして下に。自分の体に視線を向けて驚愕する。
確かに他と比べれば小さかった。それは認めよう。しかし完全同位体であるオリジナルにこんな軽く持ち上げられる程ではなかった。それは断じてありえなかった。
それがなぜこんなことに!
「…小せぇな」
「あえて言うな!というかなんで俺生きてるんだよ!」
「…だから、俺に聞くんじゃねぇ」
別におまえに聞いたわけじゃないけど、でも他に誰もいないならそうなるのか。
ああそうだ他にいない。
あの野郎こんな中途半端な奇跡を残して空の彼方へと逃げ去りやがった!
そう。
俺はきっと最後の最後で筆を滑らせてしまったんだ。
いや、俺じゃない。俺のはずない。これはきっとあの間抜けでうっかりしているローレライだ。
俺はこんな歪な続編望んでなんかいなかったのに!