最後になるであろう手紙を書こうと、ペンをとった。

そう多く時間があるわけではない。短縮のために前置きは省こう。
軽い気持ちで考えて、前略、と記してすぐに詰まってしまった。
そういえば、自分の手で手紙を書くことは滅多にない。恋文への返事はお決まりの文句を並べ立てれば事足りたし、国王や教会への公式文書はセバスチャンに任せきりだった。近しい誰かなど作ることは考えなかったから、自らの意思で手紙を書こうなんてこと滅多になかったし、もちろん(恋文以外の)非公式な手紙など貰った事はない。
今伝えたいと思うことを、硬すぎる文章では伝えることは難しいし、そんな時間はない。だからといって、砕けた文章の書き方など分からない。
二、三度ペンを指先で回して、取り合えず宛名を書いた。

親愛なる、

「何やってんだよゼロス、出発するぞ!」
「ちょっと待ってよハニー、俺さままだお化粧が」
「化粧なんかしてないだろ」
「言葉どうりに受け取るなって」
笑って、さりげなく手紙を片手で隠した。気付いたのか気付いてないのか、気にすべきことではないと判断したのか。ロイドは開いたドアを塞ぐ形で立って、呆れたように腰に手を当てる。
逆光が、ロイドの姿を形どっていた。
「みんな先に行ったぞ。早くしないと置いていかれる」
「だーいじょーぶだって。すぐ行くから先に行っとけって」
「ホントにすぐだからな」
「心配性だなハニー」
早く行けと手を振ると、ロイドは少しだけ間を置いて、もう一度「すぐだぞ」と念を押して踵を返した。
ばたばたと遠ざかる足音を聞きながら、ゼロスは手紙に視線を戻した。
最初で最後になるかもしれない。
そう書こうと思って、やめた。それは紛れもない嘘だ。
幼い頃、自分は何度も手紙を書いた。拙い字と言葉で必死に思いを伝えようとした。
けれど上手く伝わらずに、手紙は全て手元に戻ってきた。封は開いていた。読んだ上で送り返されてきた。
もっと大人になって、そうしたらきっと。と、いつからか書かなくなったが、残念ながら大人になって成長した今でも、子どものころと同じような言葉しか思い浮かばない。
だからもう回り道はしない。

ただ一言を記し、インクが乾くのを待って紙を折り、便箋に仕舞う。
封蝋はしない。自らの署名も書かずにおく。
ゼロスはそれを胸元に仕舞いこんだ。


外に出てみると、ちょうどロイドの背中が見えた。
少し時間がたっていたのにまだそこにいるということは、しばらくゼロスを待っていたのだろう。既に歩き出しているところを見ると、待ちきれなかったようだが。
足音を聞きつけたのか、ロイドが振り向きかける。その前に、ゼロスは笑いを滲ませながら声をかけた。道端に積もる白い雪に、ロイドの姿はよく映える。目を傷めそうなほどに。

「いよいよだな。バッチリ決めよーぜ、ロイドくん!」
「…ゼロス」
振り向いた鳶色の目と視線を絡めて、ニッと唇を歪めた。
似合わない真面目な表情を顔に貼り付けて、緊張した様子がひどくおかしく見える。
言葉を紡ごうとするロイドの動きが、やけに遅く感じた。

「信じて――」


一年を通して雪を降り積もらせる街はその日、珍しく日の光を降らせて沈黙していた。
胸元に仕舞った手紙が熱を持ったような錯覚を覚え、そこに手を当てる。
自らの心音が早くなっていることに、そのとき初めて気がついた。


――セレス。どうか。






きみに幸あれ



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