ずしゃ、と鈍い音が響き渡る。
壁に張り付けにされた体からただの肉の塊――もとい、人間だったものから剣を抜き取る。ぴっと滴り落ちる血を払い、つい と剣の刃先の部分を指でなぞると指先に脂がついた。
(もう使えないな…)
考えていたよりも数が多かったからか刃先はもう以前のような切れ味はないだろうと予測できた。
結局最後は剣を投げることまでしてしまった。まぁ双剣なので一本なくなってもなんとかなるが、さすがに調子が狂う。
「…さて、と。どうしようかな。」
死体は片付けるとして、問題はその後だ。結社の人間が始末しにきたということは、もう結社には帰れないということだろうか。しかし遊撃士一人殺せなかったというだけでここまでとは…なんだか納得できないが。
(これからどうするか、だな)
先は真っ暗…この道も、自分のこれからも。

「全員殺したのか?」
はっと気がつき声のする方に目を向ける。…いや、向ける必要もなかった。
「レーヴェ…も僕を始末しに来たの?」
声の主が暗闇からす、と姿をあらわす。執行者U――レオンハルト、通称レーヴェは相変わらず冷めた表情をしていた。いや、それは表情だけだとヨシュアはわかっていたが。
レーヴェはヨシュアの言葉に薄く笑っていた。
(…?)
「いや、そういうつもりはなかったから驚いた。――俺は別にそういうつもりはない。」
音も立てずに近づいてくるレーヴェから目を離せずにいた。そしてヨシュアの前まで来たかと思えば思いがけない言葉をかけてきた。
「エステル・ブライトを助けてやれ。」
「は…?」
今までで一番マヌケな声を出しているだろう、それくらい驚いた。レーヴェとは長い付き合いだから大体のことは知っているつもりだったが、まさか…
「なんのつも」
「これからエステル・ブライトは一人で解決するには困難な壁が立ち塞がるだろう。」
そこで僕が陰ながら助ける、ということ…か?しかし分からない。結社はなんでエステルを狙っているんだろう。彼女が結社の驚異になるほど強いようには見えなかった。実際、ヨシュアがエステルを殺そうと思ったらヨシュアだと気付かれずに殺せる自信もある。
「何でエステルが…」
「分からないが、彼女がカシウス・ブライトの娘というところも関係するのだろう。
…それだけではないだろうが」
“それだけじゃない”?
「それって…」
どういう意味 と聞こうとしたときにはレーヴェは立ち去ろうとしていた。
「ちょっ…レーヴェ!!!」
「俺はもう行く。その武器はもう使えないのだろう?替えを持って来ておいたから使うといい。」
カチャと双剣を置き、立ち去ろうとするレーヴェに多くの疑問を投げ掛けたかったが、レーヴェのことだ、きっとそのまま立ち去ってしまうだろう。このまま結社に戻ってもどうにもならないし――エステルのことが気になるのは確かだった。
「剣、ありがとう。」
双剣を拾い、お礼を言う。レーヴェは歩くのをやめ、しばらく立ち止まっていた。
「……エステル・ブライトは明日までツァイスに滞在するらしい。合流するといいだろう。」
「……わかった。」
くるりとレーヴェに背を向けるとツァイスの方向に向かっていった。

人の気配の無くなった暗闇を見つめた。ただ血の匂いだけがむわっと広がる暗闇で、自分にはこの場所がひどく似合っていると思った。
守りきれよ…何にかえても
もう見えない自分の“家族”に向かって言った言葉はかすかに吹き込んできた風にとけて消えていった。





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