彼女の笑顔は僕だけのものなんて、欲張り過ぎなのだろうか。
ぼくにはまだ、
鐘の音がきこえない
琥珀の瞳に漆黒の髪、そして調った顔立ちの、青年…にしては幼い顔立ちの少年はかれこれ10分くらいその部屋の前をうろうろしていた。通り掛かる男性からは「なんだこいつけっ！」とその容姿からか嫉妬され怪しがられ、女性からは「悩んでる顔とかすてきっ！」と見つめられていたが、そのどちらにも気がつかず、少年はため息をつきながら部屋を開けるドアノブを掴もうと、しかしやはり開けるまでにはいたらずうなだれる。
そんな少年の手にはちいさな袋があり、赤のリボンでとじられている。
「結局手作りになっちゃったな…」
バレンタインのお返し、ということでありきたりかもしれないがクッキーを作ったのたが、いざ部屋を前にすると緊張して入ることができない。
(深呼吸深呼吸…)
そんなことを何十回と頭で繰り返しただろうか。しかし次第に深呼吸はため息に変わり、そしてうなだれる。
(何やってるんだろう僕は…)
ただバレンタインのお返しと渡すだけなのにこんなに緊張しているなんて、周りから見ればかなり変な人だろう。
「…やっぱり明日渡そう。」
結局扉を叩くこともできずに自室に戻ろうと歩き出したとき、
―――かちゃ
とドアが開いた。実にタイミングよく。
「なっ…！」
「あれーヨシュアじゃない！どうしたの？」
あははっと笑いながら出て来た少女――を前にして、頭が真っ白になったのか「なんで――」とか「タイミング良すぎない？」とかもごもご言っていたがそんなことお構いなしで少女は少年が持っていた綺麗に包装されたクッキーに気がつき
「それ、誰かに渡すの？」
もしかしてついていって欲しかったりする？とか楽しそうに笑っている。
(…まったく人の気もしらないで)
自分が目の前の少女、エステル以外に渡すと思っているのか、いや思ってそうだけど。
「――まったく、違うよ。これはエステルに。」
はい、と手渡すと意外そうな顔をして何度も袋とヨシュアの顔を交互に見た。何か文句でもあるのだろうか。
「なに？」
「あーいや！まさかヨシュアからお返しもらえるなんて思ってなくて…。」
だっておいしくなかったでしょ？と心配そうに上目使いに見上げて来たが、そんな風に見ないで欲しい。急に早まった心臓の音が聞こえてしまうのではないかと心配で仕方ない。まぁエステルのことだからそれを恋愛とは絶対とらないということを少年は知っていたが。少女がそこまで鈍くなかったら少年との関係もすすんでいるだろう。
「そんなことないよ。おいしかった。(チョコに入っていたお酒の量はすごかったけど)」
「そう？…ありがとヨシュア！」
とびっきりの笑顔を少年に向ける少女をみて、ぐらぐらとめまいを覚える少年をよそに少女は わーヨシュアのお菓子っておいしいから大好き！とはしゃいでいた。
(こんな笑顔をいろんな人に…)
そう思うと急にどす黒い感情が少年の心に広がり始めていた。どんなに抑えようとしても止まることのない真っ黒い“なにか”。戦争が終わってもまだその傷跡は少年の心を支配していた。
(ただの“嫉妬”なのにな…)
その笑顔もすべて自分だけのものにしたい。そう思うのは間違いなのか？
「ヨシュアー時間ある？お茶出すから一緒に食べよ！」
ほらほらっ！とぐいぐいひっぱられ、机も勉強机しかないからベッドに座る。しばらく待つと二つカップを持って少女がやってくる。しばらく話をしながらクッキーを食べていたが一種類色違いが入っていた。
「これ、ココア？」
あぁそれは…
「…ごめん。それ失敗したやつだ。」
悪いことをしたなぁ…と受け取ろうとしたときエステルはぱくりと食べてしまった。
「なっ…！エステルそれはッ…」
「んーおいしいよ？」
もぐもぐと食べながらしかしやはり苦いのか顔をしかめたりしている。そんなエステルに少し意地悪心芽生える。
「…本当に？じゃあ――」
「へ？」
急に近づいた少年になにかいつもと違う感じをうけたかもしれないがそんなこと気がついたところで既に遅い。
やさしくベッドに押し倒し口付ける。
「っ……！ぁ」
心のどこかにこれはまだ早いと思う自分がいたが、そんな自分を全て塗り潰しエステルを求める。さぁっと真っ黒な感情がヨシュアを支配する。エステルの笑顔も全てすべて――僕のものだ。あとは自分でもわからないくらい夢中で自分の舌が少女の舌をまさぐり、合間からその行為からうまれるのであろう音がいやでも耳に入ってくる。
少女は始め抵抗をしていたが抵抗しても少年がびくともしなかったからか、あるいはその行為をゆるしたのか――たぶん前者だろう、後半は少年のその行為にされるがままになっていた。
「んっ……ちょっ」
鼻で呼吸をしていない少女に気がつき、すこしだけ唇を離すが再びその行為に戻る。その行為を何回繰り返したときだっただろう――。
ごーんごーん―――…
その鐘の音が聞こえ、少年はゆっくりと名残惜しそうに唇を離し、少女を解放した。
「っはぁ…！ヨシュ…ア、はぁはぁっ…」
けほけほと咳込みながらも文句を言おうとするが言葉にならない。
「たしかにまずくはないけど。」
やっぱりおいしくはないじゃないか、といつも通りの笑顔で返す。
その様子を見ていてしばらくぼーっとしていたが何か思い出したのかぶんぶんと頭をふって
「し、」
「し？」
「死ぬかと思ったじゃないのっ――！」
ばしばしと叩かれるが、そこ？
「鼻で呼吸すればいいと思うよ？…っともう部屋に帰るね。消灯の時間だし。」
そういうといつも通りの笑顔でベッドから立ち上がりドアに向かった。
「へ？ちょっと…！」
「おやすみ、僕のエステル――。」
最後の方は扉を閉める音で聞こえなかったが何かわからないままだった。
残された少女は唇に何度も触れながら、
「何だったのよ…」
と何度も繰り返していた。
「ちょっとやりすぎたかな…」
しばらくエステルには相手をしてもらえなさそうだ、と しかし自分の行為を後悔したわけでもなく。
「いいかげん限界だったしなぁ…」
こんなに近くにいるのにエステルは僕を“そういう対象”とは見てくれないし、まぁそれは他の人も同じなのだが。さすがに我慢の限界だった。あのまま鐘がならなかったら自分はどこまでエステルを求めたかわからない。結果として傷つけるとしても、きっと自分はあの行為を自分で止めることなど出来なかっただろう。
「…これでよかったのかも、ね。」
部屋に帰る途中、窓の外に浮かぶ月をみながらふっと怪しく笑った。
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