そっと触れてみた。
まぎれもないエステルのほう。もう触れることも無いと、そう思っていたのに。壊れた僕の心を直してくれたのは、エステルだったのだと今更ながら思う。
「ヨシュア…?」
起こしてしまっただろうか。さすがに真夜中だし、起きないだろうと思っていたのだか。しかし、起こしてしまったものは仕方がない。素直に返事をするとしよう。
「ごめんエステル、起こしちゃった?」
ベッドに腰掛け、顔を近づけて息がかかるくらいのところで話し掛ける。
「…ぅ、ん。どう、したの?」
寝ぼけているからか、何で隣の部屋で寝ていたはずの僕がここにいるのかさえ、考えてなんていないだろう。
僕はエステルの耳元でそっとささやいた。
「…ちょっと夜這いに来てみました。」
さすがに目も覚めたのか、がばぁっとベッドから起き上がって何故か胸元を必死にシーツで隠す。
起きたばかりの部屋に隣の部屋に寝ていたはずの義弟(最近恋人に昇格)がいて、しかも『夜這いにきました宣言』をされれば大抵の女性はパニックにもなるだろう…が、仮にも数年生活を共にした兄弟に対して(たとえ義兄弟だとしても)、しかも彼女が僕を異性として認識し始めたのはここ最近だ。
あのエルモ村での悲鳴も、僕が望んでいた、そうした兆しだったのかもしれないけど気付くことも無かったわけで…。
昔、僕がエステルのことを好きだと気付いたときから望んでいたことだったのに、いざそれが目の前に来ても気がつかないのだからどうしようもない。
なんだかエステルのことを鈍い鈍いと思って来たけど、自分も鈍いのだと認識してしまった。
「えっと…」
なんだか顔を真っ赤にしてエステルが困っている。そういえばさっきからベッドの上で考え事をしていて目的を忘れていた。
その間もエステルを眺めていたのだから、眺められる方は気が気では無かっただろう。
次からはむやみやたらに夜這い発言は控えよう。
夜這いをしにきたときは言うようにしても、だ。
一緒懸命に戸惑っているエステルをそろそろ解放してあげなくては。
「ごめん、なにもしないよ。」
そういってもなかなか警戒心を解いてくれない。
仕方がないのでベッドから離れて窓際に立つことにする。ちらりと窓の外を見ると月が綺麗だった。何故だろう、昼間の太陽とは違った眩しさがある。静かで、心地のよい明るさ、とでもいうのか。
「月が綺麗…。」
僕が月を眺めているのが分かったのか、エステルがぽつりと言った。
「ヨシュアはお月さまみたい。白くて静かで…。何て言えばいいんだろ。神秘的な美しさって言うのかな?」
なんだかそれって女性に言う言葉なんじゃないのかな…。褒めてるんだろうけど。
「あんまり褒められてる気がしないんだけど…」
まぁ一応言っておこう。
……僕が月だったら、エステルは太陽だ。
眩しくて、眩しすぎて僕は触れることさえ許されないと、そう思っていた。でもそんなことを考えていたのは僕の方だけだったみたいだ…。
月から視線を戻すと、エステルが僕の見ていた。僕はエステルのそばに行き、そっとほうに触れた。そして、目をとじたエステルに優しくキスをした…。