彼女が死んだという現実を受け入れられないまま――。
覚めない夢
彼女の死を知ったのは情報の集まる酒場…といっても表の人間の来ることのない裏の世界。話の内容は裏の社会の話や表の世界では明日にならないと話題にならないような話、つまり表のどこよりも早く情報が手に入る場所でもある。
漆黒の髪に琥珀の瞳そして調った顔立ち、これだけ聞けば多くの人間はこの場に似合わないと言うかもしれないが、その瞳を見るだけでそんなことは言えなくなるだろう。冷めていてどこか諦めのあるような、しかし見るものを引き付けてやまないその瞳に酒場の女性達は釘づけになっていた。
そんな女性達の熱い眼差しを気にもとめず、青年はいつものように何も頼まずにカウンターの近くの席に腰をおろす。
しばらくして、青年を見ていた女性達も見向きもされないことを悟り、各々話しに華を咲かす。ほとんどの内容がくだらないものだった。いつも通りのくだらない情報にうんざりしながらも、外で休むことが出来なかった。(くだらない)
太陽の光が恐いなんて、子どもでもいない。
(くだらない…本当に)
今でも彼女を忘れられないけれど、彼女が自分と一緒にいることで闇に染まりそうで…
くだらない
くだらない
クダラナイ…
遊撃士が死んだらしいぞ――
その言葉ではっと我に帰った。
(遊撃士が…?)
神経を集中して聞いていると、その遊撃士がツァイスのエルモ村で殺されたということ、そして
あのカシウス・ブライトの娘らしい
ということ。
カシウス・ブライトの娘?
カシウス・ブライトのむ す め?
そのあとはよく覚えていない。その話をしていた男に掴みかかり、情報の出所を聞き急いで酒場を出た。ツァイスは酒場のある街からさほど離れていなかった。
(エステル、エステルッ…!)
どうして彼女を一人にしてしまったのか、遊撃士になると決めたのも彼女を一番近くで守れるからだったのに。復讐?そんなものを優先した結果がこれか。また大切な人を失う――。
(自分はいつも誰かを不幸にしているな…。)
不思議と涙は出なかった。
ツァイスにつき、さすがに正面きって行くのは気が引けたので忍び込んで行くことにした。
真夜中、その部屋は誰もおらず、まるで僕が来るということを分かっていたかのようだった。そしてベッドの上で眠るのは、
「エステル…」
間違いなく彼女だった。あぁどうして。
「一人にしてごめんね。」
もう彼女の時間はとまっている。
眠っている彼女は死んでいるようには思えなかった。でも、
「彼が殺さないわけない」
痩せ狼のヴァルター
彼がエステルを殺したと聞いて、納得してしまった。彼だったらやりかねない。
「でももう大丈夫だから」
もう離れはしない。
永遠に時がとまった彼女に僕があげることの出来ない祝福を。
眠る彼女に口付けて、
僕は進む。振り返りはしない。
恐れるものなど何もない。
僕を止めるものは
誰もいなくなった。
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