バレンタインは乙女の戦!



「あつ…!」
朝、教室は独特な雰囲気に満ちていた。いつもと違い女子(そして男子)に熱が入っているというか、今この教室は室温絶対高い。
「なに?今日は何かあるの?」
席が近くの親友、クローゼに聞くと驚いた顔をされ、何故かクスクス笑われた。むむ、なんだろう。
「エステルさん、今日は何月何日ですか?」
「今日?えっと2月……何日だっけ。」
「ふふ、14日ですよ。」
2月14日?何かあったっけ?ストレガー社の新作発表会…は来月だし、
「分かりませんか?」
「クローゼ、ギブ!なに〜?そんなにすごい行事あったっけ?」
エステルの脳をフル回転させても出ない行事なんて、まぁろくでもないのだろうが。
「バレンタインですよ。」
ろくでもない…え?
「クローゼ…もう一回言ってくれる?」
「ですから、バレンタインです。」
バレンタイン
バレンタイン
バ レ ン タ イ ン ?

「まさかエステルさん、忘れてたんですか?」
「うわーんそのまさかだよ!どうしよう!」
エステルの慌てぶりに女子からは「エステルってば〜」と笑い声、男子からは「エステルは忘れてたのか」とため息と笑い声。
(ふふ、エステルさんから…って思ってた男性もいたみたいですね)
(へ?そうなの?)
さすがに恥ずかしくて小声になったが、さてどうしよう。
進学して寮に住むまでは実家で母と作っていたが今は寮だし、
(シェラ姉に頼んでみるかなー)
ホームルームが始まっても上の空だったため担任から怒られたのは言うまでもない。


放課後。
「シェラ姉、お願いします!」
「はいはい、って当日に焦る人なんて初めて見たわよ?」
「うー…ごめんなさい…。」
場所は学校の家庭科室。勝手に使っていいのか知らないけれど、シェラ姉に聞いたら「いいんじゃない?」との返事が帰ってきたので深く考えないことにする。深く考えたら負けだ。
「材料は買っておいたので、てきぱきしましょう」
「はーい。」
まぁシェラ姉が指導してくれるので大丈夫だと思っていた。
思っていたのだが。


「かんせーいっ!我ながらいい出来だわ!」
「ねーシェラ姉。」
「なぁに?」
「絶対、お酒入れ過ぎだよね。」
ふわんと鼻に入ってくる香りは甘いチョコの香り…ではなく風味付けにいれたお酒の香りだった。
「そう?ま、これくらいじゃ酔わないわよ。」
それはシェラ姉だけだと思う、という言葉を飲み込んだ。
「じゃあシェラ姉、ありがと!」
気がつけば夜の8時近くだった。包装にも手間取っていたので思っていたよりも遅くなってしまい、正直焦る。
「はいはい、はやくヨシュアに渡してきなさい。」
「…!!!」
驚きでぱくぱく口を開け閉めしていたが、今は急がなくてはいけない。
「んーあーうー!…じゃあね!」
勢いよく出て行ったが、急ぎ過ぎて作ったものが崩れなければいいけど…。そんなことを考えながら後片付けをてきぱきとこなしていた。
「あの娘が誰かを好きになるなんて、初めてよね…。」
そんなことを呟きながら。

(シェラ姉は気付いてたよね…。ヨシュアも気付いてたらどうしよう…!ヨシュア、結構鋭いし。)
走りながら考え事をしていたため前に誰かいることに気がつかず勢いよくぶつかることになる。それはもう勢いよく。
「きゃぁぁぁぁッ!」
「うわっ!」
ぐしゃ
ぶつかった衝撃で倒れてしまったが、まて…『ぐしゃ』?
「ふぇ?!」
まままままさか!
案の定綺麗に包装された箱はつぶれ、そして見えないが中身もきっと無事ではないだろう。無事だったら無事で奇跡だが。
「ごめん、大丈夫…?」
相手がどうしていいかわからないような空気を出していたが、あまりにもショックが大きくて反応を返せなかった。
「せっ、かく…ヨシュアのために」
「え?」
「頑張って作ったのに…」
今日バレンタインを思い出した人間のセリフではないかもしれないがそれでも頑張った。部活も休んで(もともと今日は休みだったのだが)、シェラザードに叱られながら頑張ったというのに。
「それ…」
は、と気がつくとぶつかった相手がハンカチを差し出して、つぶれた箱を指差していた。涙でよく分からなかったのと、暗闇で分からないが、相手が心配しているのはよく分かった。

「あっ…。ご、ごめんなさい!大丈夫…」
「じゃないでしょ?廊下をあんなスピードで走るなんて、まったく何やってるんだ…。」
(なっ…!)
なんなんだこの人…!いくらこっちに非があるとはいえ、ここまでズバズバ言うことないだろう。傷心している少女に向かって…!
「…それと、その箱の中身は僕に渡すものなの?」
「え。」
まさか
「まさか気がついてなかった?声で気がついて欲しかったけど」
まぁそんな泣いてたら分からないか、と付け足してヨシュアはエステルを立ち上がらせた。
「怪我は――ないね。ほら、はやく涙を拭いて?」
そう言われて制服でごしごし拭いていると、またため息が聞こえて「何のためにハンカチを出したと思ってるの…。」と声が耳元で聞こえ、すっと手を顔から離されたと思ったらヨシュアがハンカチで優しく涙を拭いてくれた。
「うー…。ごめん」
「いいよ。……はい、大丈夫」
目を開けるとすっかり涙はなくなっており、はっきりとヨシュアの顔が見れた。
「ヨシュアあのね…」
「別にあやまらなくていいよ。それで、その箱の中身を僕にどうしたいの?」
そこまで言うのだから分かっているのだろうけれど、あくまでエステルに言わせようとしているところにムッとしながらも、仕方ないかと呼吸を一つ。
よし。
「つぶれちゃったけど、いつもお世話になってるお礼!……いつもありがとう、ヨシュア。」
その言葉を聞いて箱の入った袋を受け取ったヨシュアはどこか戸惑っているようにも見えた。暗くてよく見えなかったが。
「迷惑だっ…た?」
「いや、ありがとう。すごく…うれしいよ」
よかった…と思うと同時にさっきの何とも言えない表情は何だったのだろうか。気になったが、表情からは分かりにくいが喜んでくれているのでまぁいいか…。


別れた後に少年が
「忘れてたっぽいからもらえないかと思っていたけど…」
と、一人で呟き、内心とびはねて喜んでいたのは言うまでもない。そのあとチョコに入っていたお酒に苦しめられたというのはまた別のお話。






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